ツーリング写真と愛車記念写真の違い




バイクに関わる写真ジャンルは実に混沌としています。

ツーリングに行った記念、愛車をカッコよく撮る愛車写真、珍しいものに遭遇したときの写真・・・ そしてツーリング写真。

誰だって写真を撮るからには良い写真が撮りたいし、それを人に見せて褒められれば嬉しいものです。それが記念写真であろうとアートと呼べる秀作であろうと、それぞれに撮影者が想う「いい写真」が存在します。

私の好きなツーリング写真とはツーリングのワンシーンを詩的情緒にとらえたもの。その一枚の中に旅の雰囲気、バイクで走る魅力、自然の美しさ、郷愁感などが写っていれば素敵かなと感じております。

決して派手ではなく立派な写真でもない…だけど記憶の風景を再現したような一枚になれば少なくとも自分にとっては尊い写真になりますし、誰かに見せて共感をえられれば更に嬉しいものです。

あの日、あの時、写真を撮ったからこそ記憶に焼かれたツーリングシーン

写真を撮ったことで記憶に残る風景ってありますよね。懐かしい一枚の写真と記憶の中の風景がリンクするとき。その瞬間に写真って素晴らしいものだよな、とあらためて感じたりもします。




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風景写真をあらためて考えてみる




EOS6D Mark2

ツーリング写真とは写真ジャンルでいう風景写真が基本となっています。風景の中をツーリングしているのですから当然ではありますが。では風景写真とは何か?ということをあらためて考察して書いてみたいと思います。

山や海などの自然地形の風景、夕陽や虹などの自然現象、町並みや工場などの風景、人の営みを感じる情緒風景、まだまだありますが風景写真とはありのままの様子を受けて、作者の感じたことを切り取った写真とでも言いましょうか。「ありのままの様子」と書いたのはスタジオや舞台のように撮影のために作り込まれた様子ではないということです。

ツーリングをしていると出会いが最大の楽しみであります。それは風景、人、自然現象、野生動物でも良いですがとにかく予期せぬ出会いに感動をもらうと「旅は良い、またいつか旅にでよう」と思うものですよね。では、そういった風景などとの出会いを写真作品として表現するにはどうしたら良いでしょうか。




大きく分けて二つ。一つ目は予定調和型の風景写真です。例えば天の川の写真が撮りたいとなったとき、月齢や天気、方角や時間帯を予め綿密に調べて撮影に挑むものです。きっとこうなるであろう、と予定を立てて準備していどむ予定調和型の風景写真は作品にインパクトを与えてくれます。

二つ目は受け皿型です。旅をしている時間を大切に、その過程で出会った風景を受け入れるように撮る受け皿型の風景写真は前述の予定調和型とは対照的です。大切なのは撮影準備ではなく気持ちです。バイクに乗っているとその気持ちよさからアドレナリンやドーパミンなど快楽系報酬物質が脳内に発生しますが、そういった興奮状態よりもセロトニンなどの癒し系報酬物質の出たリラックス状態を作ることを心がけます。それによって生まれた作品は旅のリアル、出会いの素晴らしさが伝わる写真になるのではないでしょうか。

思いがけない絶景に出会ったり、予想もしなかった嬉しいハプニングというのは決して珍しくはありません。奇跡を信じている人ほどそういったシャッターチャンスに恵まれているとも感じます。

何しろ相手は自然であったり既にそこに在るものを撮るのですから、自身では被写体側をどうこう調整することができません。いま目の前にある様子を自身の感受性、経験、表現力などを用いて作品を作るのです。そこに例えば鳥がやってきたら一緒に撮ってあげようと思うか邪魔だからいなくなるのを待とうとするかは自由です。

よく同じ場所でも同じ風景は二度とないと言います。一期一会の風景を大切に旅するように写真を撮りたいものです。




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たとえ美しくなくとも自分の世界をつくる




EOS6D mark2 + EF135mmF2L

バイクに乗って一人旅をしていると、何となくここ入ってみよう…とふと気になった小径に入ることがあります。

その先に何かがある気がする。ただの直感ですが多くの場合で何かしらの出会いが待っています。しかし・・・それは必ずしも美しいものではないかもしれません。

「自分を呼んだような気がする」

そこに確かに惹きつけられる被写体や情景があって、そんな出会いがあると嬉しくて写欲に従順になるものです。そういったケースでは構図だの露出だの魅せ方はさほど重要ではなく、どちらかと言うと対等して無心にシャッターを切るのみ、という感じです。

写真を通して承認欲求を満たそうとすると立派な写真、美しい被写体を必死に追ってしまうものです。一方で自身の内面に向き合って自分にとっての写真とは何かを追求すれば、競い合うように写真を撮らなくて済むものです。

本当は多くの人は自分らしい写真を望んでいるはずなのですが…流行とは恐ろしいもので【みなもこういった美しい写真を撮れ】という雰囲気の写真が乱立しているものです。もちろん美しい写真や立派な写真を撮ることは決して悪いことではありませんが・・・

自身の選択は慎重にしたいものです。




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ツーリング写真と自撮りについて




EOS6D Mark2

ツーリング写真、バイク写真を撮るにあたり自撮りはマストであるのか?という疑問があると思います。ここでは便宜上「自撮り」と呼ぶことにしますが、厳密にはライダーの姿があるツーリング写真ということです。

風景が主体となるツーリング写真、バイクが主体となる愛車写真、いずれの場合であってもライダーの姿は無いよりはあった方が断然良い写真になると考えます。特に風景主体のツーリング写真であれば、バイクだけでライダー無しだと風景の中でバイクが置き去りにされたような不自然さが出てしまいます。

クルマと違ってバイクとはライダーの存在があってはじめて絵になるものだ、という意見も聞いたことがあります。これには私も賛同で特に車体に乗車した姿などは絵になるとものだと常日頃に感じています。

それではライダーの姿が登場するツーリング写真、あるいはバイク写真とはどのようなものか?となるのですが、ぜひ気を付けていただきたいポイントは記念写真とは違うということです。三脚を立ててタイマーでダッシュしてパチリ。その際にばっちりカメラ目線でピースではツーリング写真ではなく、後で自分で見る用の記念写真であります。




あくまでそのシーンを俯瞰してみる「ツーリングのワンシーン」を演出するのです。見知らぬライダーをスナップ的に撮るなら演出ではありませんが、自分でセルフポートレートとして撮るのですから「演出」であることを意識しましょう。

初歩的なポイントは大きく2つです。1つ目はセルフタイマーでダッシュはしないこと。急がされると姿勢にも不自然さが出てしまいますし、望遠レンズを使いたい場合には間に合いません。シャッターはインターバルタイマーを使用します。

2つ目はポージングといって姿勢のことです。まず慣れていない人が最初にやってしまうのは棒立ちしてしまうことです。これでは猫背で美しさに欠ける姿勢です。ポージングについては本番でいきなりは無理があって、予め姿見などを使って美しい姿勢を練習しておく必要があります。背筋を伸ばし胸を張り視線は作品の主題へ向けること。

もし三脚が立てられないなど何かしらの理由で自撮りができない場合、そういった時はヘルメットやグローブなど身に付ける小物をうまく利用してライダーの存在を感じさせる写真を作ってみましょう。それだけでもだいぶ違って見えるものです。

バイクの写真だけを撮っていた人・・・ぜひ、次回からやってみてください。




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何を撮っていいのか分からない人へ




Iphone7

写真を趣味やライフワークとして始めてみたものの、何を対象に撮って良いのか分からない。といったご相談を受ける場合があります。確かにせっかく写真を撮るのだから美しいものを撮りたいのですが、いざカメラを手にして出かけても美しいものはその辺にある訳ではないようです。

これには訳があって、まず私たちの目は日常生活において生きていくのに必要な情報を視覚から認識しています。その現実的な様子の中には例え美しいものがあっても、脳へ送られる信号そのものは美しいものとは限らないのです。薄暗い中で段差につまずいたり危険な動物や害虫などをいち早く認識したりと生きて行くために不自由がないよう見える様子を調整しているに過ぎないのです。




たとえば光。そこに美しい一滴の光が存在していても意識していないと見逃してしまうものです。経験が豊富な写真家はそういった光を見逃さない眼をもっていて、その光がもっとも魅力的になるように写真にできる術を持っています。

光だけでなく画角や色なども同様です。目で見た通りの現実の様子の中で「自分の撮りたい美しいものはないかな?」と探しているだけではなかなか難しいものがあります。

現実の様子だけを見るのではなく、限られた光や被写体のもつ本質的な魅力について意識してみましょう。例えば上のスプレー菊の写真は自宅の近所にてiphoneで撮ったものですが、花はピークではなく一部が傷んでいます。お花の写真は美しさのピークを撮ってあげたいところですが、あえて傷んでいる花を撮ることで「終わり」を予感させる写真としました。夕陽の柔らかい光を使用しているのもポイントです。

こういったものは考え事でもしながら歩いていれば気付きもしない被写体ですが、少し意識を変えるだけで気が付くことができます。撮る対象を見える現実から探すのではなく好奇心と感受性を使って見つけてみましょう。




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流行写真に流されないスルー力




その時代時代にあった流行の写真というのがあります。例えばフィルム時代であればポジフィルムで極彩色で魅せる写真やセピアカラーの写真、スナップであればわざと下手っぽく魅せるヘタウマ写真、ひと昔前のデジタルカメラ黎明期であればダイナミックレンジを調整したHDR写真などがそうです。

今ではInstagramなどの写真系SNSで話題になるような「映える」といった目立つ写真が流行なのでしょうか。これら流行の写真とは流行である時点で全て一般カメラユーザー間の庶民的な写真文化です。

もちろん庶民的な写真文化に染まることは決して悪いことではありません。それを否定するつもりは全くありませんが、当ブログでは以前より庶民的な写真文化の範疇では「飽き」がきてしまいます…ということを何度も書いてきました。

アート写真などと言う立派なものをイキナリ目指さなくても良いのですが、忘れたくないのは「写真はせっかくやるのなら個人の表現を楽しもう!」ということです。




個人の表現、私の場合はこうですという個性的な作品を生み出してこそ写真甲斐があるものです。しかし、どうしても情報が溢れかえっている現代社会では個人の表現を妨げてしまう雑音が多いものです。特にSNSをやっている人は写真関連のコミュニティに参加するほど、タイムラインに日々たくさんの写真を目にするようになります。

それらSNSなどで流行となる写真の多くは【目立つ写真】【立派な写真】が多く大変インパクトがあります。見方によっては多くのカメラユーザーはいま、目立つ写真や立派な写真で競い合っているかのようです。

こういった風潮を見てぜひ気を付けたいポイントは「自分もそういった写真を撮らねば」と思わないことです。もちろん撮っても良いのですが、それは前述した通り流行写真の仲間入りとなってしまうので飽きやマンネリが待っているのです。SNSなどで目立つ写真、立派な写真を見かけたら「これはこれは立派な写真でございますね」と軽くスルーする力を身に付けましょう。

私たち勤勉な日本人は皆がそうしていると合わせないといけない…と感じてしまう同調精神が根付いています。これはコロナ渦において人々のマスク装着率が諸外国よりも高いことからも分かります。近年では日本人のこの同調精神が必ずしも良いとは言えない、という考えも徐々に見受けるようになりましたが、それでもまだまだ日本人は「みなと同じ精神」なのです。私の個人的な意見としては少なくとも写真を楽しむうえでは皆に合わせる必要はないのでしょうか?と思います。

皆さまは写真を楽しむにあたって流行の写真を追うのと個性的な写真を生み出すのと、どちらを選びますか?もちろんどちらを選ぶのも自由なのですけど。




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不安定な天気と夕焼け空




EOS6D Mark2

経験上、不安定な天気ほど空の表情はドラマチックになると考えます。

我々バイク乗りは誰だって雨は嫌なものです。北海道ツーリングなどの長丁場であれば仕方ありませんが、予報で雨と言っている日に近場をツーリングする人は少数でしょう。

しかしドラマチックな光景とは降水確率0%で安定の日には期待できないのも確かです。スコールの後には虹が見れたり、大荒れの天気の前日に燃えるような夕空が見れるものですよね。

雲ひとつない快晴の日も走っていて気持ちいいですが、空の表情という意味では変化がなくて少々退屈です。やはり空には雲が流れていて、その様子が何かのカタチになったりウロコ雲のように模様になったりするから空は魅力的なのだと思います。




上の作品はつい先日、台風が去った直後の空を撮ってみました。まだ不安定ですぐ近所では雨が降っていましたが、強い風で流れていく雲に沈んだ太陽の光が当たって茜に染めていました。

風景写真はスタジオで撮る写真と違って光や背景の調整はできません。相手は自然現象なので全て受け入れるしかないのです。自然現象に対する知識も大切ですが「どんな風景が出現しても大丈夫」という受け皿のような心が大切なのかもしれません。

つい写真をやっていると今日は立派な写真を撮るぞ、と意気込んでしまいがちですが不思議なことに頑張るほど風景は逃げてしまい、旅を楽しみながらニュートラルな気持ちで走っている時ほど、突如として奇跡的な絶景に出会うものです。

不思議ですけど長いことやっていて本当にそう思うこの頃です。




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ストリートスナップから写真の楽しさを知る




今日はスナップ写真について書いてみたいと思います。

スナップとは誰でも一度は聞いたことのある写真用語だと思います。その意味はアッと思った瞬間にパッと撮る写真、つまり瞬間をとらえることに主軸を置いた写真だと私は考えます。

構図や露出といった撮影技法に関わること、被写体と予定調和で挑む撮り方、演出などなど、技術や手間をかけ作り込むように撮るのではなく、あくまで現実の刹那をまさに「切り取る」ことで魅せる写真です。

RICOH GR APS-C

写真を長いことやっているとつくづく感じるのは写真とは「空間」と「時間」の二つの要素が常に付いて回るということ。目の前にある現実の様子は三次元の空間であり一定の時間が常に流れている。この時空を写真は二次元のテキスタイルとし時間を静止させた一枚の「画」とします。スナップはこの「時間」を瞬間に留めることを最重要視しているのです。

さて難しい話は置いておいてスナップ写真とは実に楽しい写真の遊び方です。とにかく深く考える必要はないので撮影者のアンテナが反応した瞬間に従順にシャッターを切るだけ。それがユニークな写真になれば「おっ、やったぞ」と膝を打つ痛快さがあるものです。

写真ビギナーの方は目の前の様子が写真になるとどのような感じになるのか、という感覚がまだ身に付いていないのでスナップ写真を日常的に撮ることで感覚を養うことができます。それと同時に写真を撮る楽しさというのを改めて学ぶことができると思います。




日常的に撮る・・・通勤でバス停まで歩いているとき、出張先での空き時間、バイクに乗れない休日など、何気ない日常風景の中でも楽しいスナップ写真を撮ることができます。撮る対象は何でも大丈夫です。信号機や横断歩道のある道、ちょっと古めかしいお店、道行く人々、もちろん家族やパートナーでも。

立派な写真を撮ろうと身構える必要はありません。極端にいってしまえば手ブレやピントが甘くてもOKな場合も有り得ます。よく言う写真イメージというのも無くても成立する場合もあるのです。

とにかく大切なのは瞬間を意識することです。「あっ」と自分の心のアンテナが反応を示したときに迷いなくシャッターを切ること。いつもポケットにカメラ(スマホでも悪くありませんが)を入れて撮影体制を整えておくのです。

失敗しても大丈夫です。最初のうちは沢山の写真を撮る事でスナップの楽しさを感覚的に理解していくのです。すると風景の特定の一部分を切り取ることで抽象化された美しさを発見したり、そこに注目した奇妙な自分の存在に気が付くはずです。




リコーGR APS-C

写真を撮ることは特別なことではなく日常的なこと。いつでもポケットに入るくらいのカメラを持ち歩いてスナップ写真を撮る。スナップをいつも撮ることで上達だけではなく生きがいを感じることもできます。

スナップ写真、明日からはじめてみませんか?

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写真ビギナーを悩ます露出を再考する

EOS6D Mark2 + EF35mmF2 IS

当ブログでは露出とは何ぞや、という内容を何度か書いてきましたが再び内容をブラッシュアップして書いてみたいと思います。

写真ビギナーの方にとって理解しにくい「露出」。簡単に言うと目の前にある光をどれくらいカメラ内に取り込んで写真にするのか?という意味です。

本来は撮影者が露出値を決めて撮影するものですが、現代ではカメラが自動でやってくれるようになりました。よって普通の記録写真を撮るぶんには露出について理解を深める必要性は低いです。しかし写真を趣味やライフワークとしてやっていきたい!と決心した人であれば、露出はカメラにお任せ・・・では少々寂しいものがあります。

この理由は簡単です。カメラが自動で決めてくれる露出とは機械の測定結果による無機質なデータに過ぎず、そこに人の感情や表現が入る余地はないからです。つまりカメラ任せでは表現は成立しないのです。明るくしようが暗くしようが、特定の部分に露出を合わせようが本来は撮影者の自由であり、精度の高い機械が算出した値が正しい露出ということはないのです。(18%グレースケールによる【適正露出】というのがありますが、それはあくまで記録写真等に用いられる標準的な明るさを求める場合)




EOS6D Mark2 + EF35mmF2IS

まずは光について改めて意識してみましょう。

そこに光があるから写真になる。その光をとらえてイメージに近づける露出を決める。そのためにはどの部分にどのような光があり、それが被写体に当たってどのような反応をしているか?それら光によって影の様子はどうであるか?

これらを画面という長方形の中に配置し重要な一つが最も魅力的になるような露出をさぐるのです。そう言われるとカメラの自動測光機能(AE)では無理があるのが何となくお分かりいただけると思います。

とはいえ、写真ビギナーの方にいきなりそれは無理な話なので、まずは評価測光が決めてくれた値に対して補正をしてあげる露出補正を最初に覚えてみましょう。露出補正を使うようになると逆光や夕暮れでもイメージに近い写真が撮れるようになります。AEが万能ではない理由も分かると思います。

EOS6D Mark2 + EF135mmF2L

露出とは絞りとシャッター速度の両者で決まることは既にご存知だと思います。両者は目の前の限られた光をシェアし合う仲であり、それぞれに持つ役割を全うするため決めた値(例えば絞りF11 シャッター速度1/125など)から最終的に写真の明るさを決定するものです。

上の作品は絞り優先モードで絞りを開いて被写界深度を浅くして撮った写真です。被写界深度とは奥行方向にピントが合う範囲のことで、言い換えればピントが合っていない部分のボケ具合です。絞りを自分で決めることとは重要な一つを浮き立たせて魅せる演出の調整です。上の作品では列車は大きく構図した訳ではないのに列車が主題であることが前景のボケ具合でハッキリ伝わると思います。

一方、開くのとは逆に小さく絞り込むことで画面の全体にピントを合わせる表現もあります。パンフォーカスといいます。カメラのすぐ近くにある花などの被写体から遠景まで全方位をシャープにすることで印象を狙います。その場合、絞り込んだことで光量が不足するのでシャッター速度を遅くして光量を補うことになります。




EOS6D mark2 + SIGMA150-600mmF5-6.3DG C

絞り優先モードを使用して被写界深度を意識することが空間の魅せ方であるのに対し、シャッター速度を意識することは瞬間やスピード感など写真に時間を与える魅せる方です。

上の作品は岩に砕ける波飛沫を捉えた一枚です。速いシャッター速度に設定することで飛沫の一粒一粒を「瞬間」として表現しています。こちらも速いシャッターを選べば光量は減るのでその分は絞りを開いて補ってもらうことになります。絞りとシャッター速度の両者はいつでも限られた光をシェアし合う仲なのです。

シャッター速度は早くすることで瞬間を、遅くすることでブラしてスピード感や動きを表現することが可能・・・。これって静止画であるはずの写真に時間が表現できるのですから改めて考えると実にユニークな魅せ方ですね。

EOS6D Mark2

露出は光をみつけ被写体がどう反応しているか、影の様子はどうであるかを見て構図を練る。そのうえで空間を魅せる被写界深度(絞り)でいくか、瞬間やブレで写真に時間を与える(シャッター速度)でいくか、その時のイメージに合わせて選択をする…という所まではご理解いただけたでしょうか。

次に明るさはどうするのか?という部分にも触れておきます。実際に目で見た通りの明るさで撮るのが正しいのでしょうか?・・・いいえ、写真を記録ではなく表現としてやるにあたり正解の明るさというのはありません。実際の明るさよりも暗くしようが明るくしようが自由です。上の作品は富士山にある雪と海にうかぶ小舟に露出を合わせました。

結果、実際の様子とはかけはなれた暗さの写真ですが、このように魅せたいという意図のもと選択した露出値です。他の誰かに「露出アンダーですよね」と言われようと撮った私としてはこれで良いのです。




EOS6D Mark2

写真ビギナーの方はまずは露出補正を使いこなす、次に絞り優先モードで被写界深度を意識して魅せる方法を感覚として習得してみましょう。そこにある光を見極めて描いたイメージに求める露出値(F〇〇、S〇/〇秒)が頭にすぐ浮かぶところをひとまず目標にしてみましょう。

どのような光を選んでどのような露出で撮るか、絞りは開くのか、シャッター速度はどうするか・・・これらの選択肢から選ぶのは自由なのですが、なぜそれを選んだのかの理由は必要です。無心でシャッターを切って理由の後付けをする表現というのもありますがビギナーの方がいきなり目指す境地ではないと思います。まずは被写体や情景の特徴を受け、心が動いた「感動」を受けてイメージを作ること。〇〇が△△だと思ったから露出を□□にした。という明確な意図のもと選択をするのです。

すごく極端に言うと写真とは情熱、行動、出会い、感動、想像、選択、作業、余韻、のパートに分かれると感じます。おっと、また話が飛躍し過ぎたので今回はこの辺で。

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風景写真にこめた想い




EOS6D Mark2

風の感触、草のかおり、さざ波の音…

本来は写真では伝わらないものを、写真を見てくれる人に感じ取ってもらいたい。

その為にできることは何か?知識、経験を元に工夫をこらし納得できるまで撮り切る。

バイクで走るときっとこんな風なんだろうな

むかし走ったがこんな風だったな

またバイクで旅立ちたくなった

そんな共感や想像を誘えれば素敵だ。

一方で撮った自分もその一枚をみて「あのときこうだった」と思い出せる。

記憶の中で曖昧だった風景は写真を見ることで詳細が蘇り、その時の音、におい、感触が伝わってくる。それは懐かしいともちょっと違う不思議な感じ。

写真は事実の全てを写す必要はなくて、その時の感動を抽出するように撮るもの。それができれば後で見返したときに特別な心象風景となってくれます。

まだ道半ばですが憧れの一枚を求めて旅を続けたいです。




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