幽かな老人は【そのオートバイは何CCですか?】と聞いた

 

テントをたたく雨の音で目覚めた。

予報通り朝の7時から千葉県南房総市の天気は雨になった。雨雲レーダーといくら睨めっこしていても好天になるはずもない。このキャンプ場は遅くとも11時には出発しなくてはいけない。寝袋は収納袋に入れ他の荷物も片づけた。あとはR1200GS-ADVENTUREのアルミケースに放り込むだけ、という状態にしテント撤収の【その時】をひたすら待機した。

ザーっという雨の音が少し小さくなりポツポツという細かい音になった。その瞬間を見計らい、今だとばかりにテントを撤収。フライシートもバイクカバーもズブ濡れであるが軽く水気をはたいて手早く畳み込む。雨の撤収は心が折れるが仕方がない。午後から晴れるという予報だけが希望である。

防水シートを地面に広げ2つ折りにする。その間にテントから出した細かい荷物をひとまず置いておく。こうすればケースに収納するまでの間に荷物が濡れることはない。むかしから雨のキャンプはこうして撤収作業をしている。

管理人さんにかるく会釈をしてR1200GS-ADVENTUREに火を入れてキャンプ場を出発した。荷物が濡れているので来た時よりやたら重く感じる。

房総半島の背骨と呼ばれる国道410号を南下し捕鯨の漁村である千倉が近づくと潮の香りが鼻腔をなでる。素朴な海岸集落を走り抜けると国道410号は南国ムードになってゆく。

この頃にはすっかり雨も止んで空の雲間には僅かにスカイブルーが見えてきた。今朝の撤収がやたら疲れたので漁港で休憩をした。昼の漁港は人が少なくトイレも自販機もあるので私にとって定番の休憩ポイントだ。この誰もいない静かさと船体を休める船たちの景色が大好きだ。




せっかくの南房総なので昼食はキンメかイセエビあたりを頂きたいけど、観光客に近づきたくない気分だったので行きつけの定食屋でアジフライと竹岡ラーメンをいただいた。この店、いつからあるか知らないけど幼少の頃に祖父とよく来た想い出がある。店内はコンクリ製の生け簀があって昭和レトロな雰囲気がぷんぷんしている。常連客は主に釣り人やサーファーだ。

年甲斐もない程に腹を満たしきって店のおばちゃんと去年の台風の話などを少し交わして店を出た。天気予報の通り空は清々しく晴れていた。

「そうだ荷物を干そう」

ズブ濡れのキャンプ道具達を太陽光に当てて乾燥させたい。そう思って広い駐車場のある海水浴場を目指した。

広大な駐車場に他の車は1、2台。どれだけ店を広げても誰にも迷惑にはならないだろう。テント本体、フライシート、グランドシート、そしてタープ。地面に広げて風で飛ばないよう四隅にスチールペグを置く。

そしてヘリノックスチェアーを組み立てて缶コーヒーを飲みながら読書としけこもう。気持ちの良い日差しの下で読みかけの森鴎外の続きを読む。暫くすると初老の男性が近くにやってきて私にこう尋ねた。

「このオートバイは何ccですか?」

この質問はライダーであれば誰でも経験することだろう。旅先で見知らぬ人に話かけられた時の定番の質問だ。

「これは1200ccですね」

私の場合はいつも丁寧に応対するよう心がけている。巷では排気量を質問してくる紳士のことを「ナンシーおじさん」などと揶揄する風潮があるようだが、私はライダー達を見守る守護神のような存在だと思っている。

排気量の質問1つに応対した僅かな時間が、走り出した直後に襲う不運な出来事とタイミングをずらしてくれるのだ。もし排気量の質問に答えず無視して走り始めれば、すぐ先の交差点で信号無視の車と接触事故を起こしているかもしれない。ナンシーおじさんはそんな不運からライダー達を守っている生きとし地蔵菩薩なのだ。

森鴎外を30ページほど読み進めた頃、こんどは犬の散歩をしている紳士がやってきたそして彼はこう尋ねた。

「このオートバイは何ccですか?」

…まあ、連チャンも決して珍しいことではない。特にR1200GSは空冷ボクサーエンジンが左右に張り出していて、高齢紳士にとっては懐かしいあの日のバイクに雰囲気が似ているのだ。機械の持つ独特の雰囲気にメグロや丸正ライラックで駆け抜けたあの風景が蘇るのだろう。

案の定、その紳士との会話のやり取りは陸王からメグロに展開され、シャフトドライブの悪癖や米軍から払い下げたバイクの話で盛り上がった。

「ジャマして悪かったね」と紳士は犬を連れて嬉しそうに去って行かれた。その後ろ姿からは正に仏のような神々しいオーラを感じた。

再び小説を30ページほど読み進めたころ、こんどは90代くらいだろうか…近所の人と思われる紳士がやってきた。

「このオートバイは何ccですか???」

・・・・・・・・・




・・・・・・・・・

足元がおぼつかない。地面をちゃんと捉えていない感じだろうか?目も悪く遠くがよく見えない。ひどく疲れてゆっくり歩くことしかできない。

海岸を歩く自分はすっかり老けて遠い記憶の旅路を毎日のように空想している。100年も生きると死などさほど意識しなくなる。しかし体の節々が痛くても毎日、夕方になるとこの海岸の散歩だけはかかさない。

おや、あそこに誰かいる。男が一人、海を見ている。傍らに大きいバイク。近くに行くと中年の男が海を見ている。そしてあのバイクは…BMW R1200GSではないか!!私が50年前に乗っていたかつての愛車と全く同じ、空冷水平対向エンジンを搭載したアドベンチャーバイク、R1200GSに間違いなかった。

私は男の近くに寄り1つの言葉を投げかけた。

「このオートバイは何ccですか???」

自分でも何を言っているのかよく分からなかった。なぜその質問?自分がさんざん乗っていたのだから1200ccであることは知っているのだ。なぜ排気量を聞いた?他にかける言葉はあるだろう?

しかしこのR1200GS、とても50年以上前のオートバイとは思えないほど新車のような輝きだった。燃料はどう調達して走らせているのだろう?2020年に当時の菅総理が温室効果ガスを2050年までにゼロとすると宣言されてから、自動車やオートバイの内燃機関は縮小の一途。2050年を数える前に絶滅して久しい。エンジンオイルはどうしているか?車検はどう通しているのか?聞きたいことは山ほどあったが沈黙している男に再びかけた言葉は…

「何ccじゃね??」

やはり同じことを聞いてしまった。思っている事とは関係なく口から出るのは排気量のことだけ…

男が怪訝そうに私の方を見た瞬間、戦慄が走った。顔が無い…いや黒い。まるで写真にある顔を油性ペンか何かで塗りつぶしたように、黒い何かがグチャグチャと顔を覆っている。目も鼻も口もない。いったいどうしたというのだ?

男は驚く私を尻目に(といっても目はないが)ヘルメットを被りR1200GSのエンジンを始動させた。車体を左右に揺らしてボクサーツインに火が入る様子は懐かしくもあり何だか切ない。

去っていくR1200GSを見送り無視されてしまった虚しさと幻を見たような不思議な感覚に包まれた。一体誰だったのだろう?一体何だったのだろうか?しかしR1200GSは懐かしい私のイカロス。できることならもう一度、R1200GSに乗って旅に出たい…かつての日々のように。




帰宅して縁側で夕陽の光を浴びていた。ひどく胸騒ぎがする。暫くすると集落の知人がやってきて私を呼んだ。

「大変だ、この先の交差点で事故だ。いま救急を呼んでくるから見に行ってくれ」

それは大ごとだ、急いで説明された場所に向かう。なぜだか幼いころに夢で見たような暗い坂道をひたすら登る。登っても登っても進んでいる感じがしない。軟らかい砂の中を歩いているような感じだ。ほどなくすると何かがボンヤリ見えてきた。

前方に人が倒れている。先ほどの男だ!R1200GSは原型をとどめないほど激しく大破している。いったい何が… この時代に交通事故など滅多に起きるものではないのに。事故の原因は地面から突然隆起して出た巨岩だった。なぜ…とつぜん地面から岩が??

倒れている男は苦しそうにうめき声を出している。「いまヘルメットを外してやるよ」男を仰向けの楽な姿勢にしてやり、ヘルメットをそっと外した。その瞬間…あっと私は声を漏らした。

先ほどまで謎の黒い何かで覆われていた顔は穏やかな表情であり、その顔は紛れもなく30代くらいの頃の自分だった。事故のショックか蒼白な顔をしているが…間違いない・・・この顔は自分だ。

iphone7

「大丈夫かい、いま救急を呼んでいるからもう少しの辛抱だ」

男の目は閉じたまま静かだったが、やがて血の涙を流し始めた。そして男は「カッ」と目を見開いて私を睨みつけこう言った。

「1200ccだよ、何度も言わせんなジジィ」

うわぁぁ~ 思わず声を出して叫んだ瞬間、地面から出ていた岩が消え大きな穴となり私はその穴に吸い込まれ真っ逆さまに転落した。

・・・・・・・・・・・・

はっと目が覚めた。私はヘリノックスチェアーにもたれかかって、すっかり眠っていたのだ。太陽はしずみ辺りはすっかり魔が時の暗に包まれていた。夕陽をあびて暖かった体が冷えはじめている。

急いで乾いたキャンプ道具を畳み、R1200GS-ADVENTUREのサイドケースに収納した。すっかり油温が冷えてしまったエンジンは少し重ったるく始動した。

ヘルメットを被りギアを1速に入れてから、辺りをもう一度見渡してみた。

「もう排気量を聞いてくるオジサンはいないだろうな…」

ナンシーおじさんの残党がいないかを入念に確認してR1200GS-ADVENTUREを暗闇の中、千葉市まで走らせた。

 

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ツーリング小説 幽玄なる雨の森

2003年 10月

出羽三山を見に行こう…そんな単純な動機で購入したばかりのBMW F650GSダカールにキャンプ道具を積載して千葉市を出発した。今になって振り返ると私にとって旅らしい旅と呼べる記念すべきファーストアドベンチャーだ。

当時はバイク用ETCなど無くライダーはハイウェイカードを購入し料金所で通行券と一緒におじさんに渡して払っていたものだ。山形自動車道の山形蔵王IC料金所。

「今日は寒いし夜は天気が崩れるから気を付けてね」

暖かい言葉をもらう。

ぱっとしない天気だけど仕事が忙しい合間にせっかく捻出した連休。買ったばかりのBMWに真新しいキャンプ道具。どうしても出かけたかったのだ。それに何よりストレスが溜まってもう限界だ。毎週のように大阪や名古屋に出張。得意先で説明会、支店で会議、帰りの新幹線で同僚と愚痴話。翌日は会社で報告書つくってまた会議。会議、会議…出張、そしてクレーム。もう1人にしてくれ。誰とも口を利かず誰の顔も見ずに2、3日過ごしたい。そんな気分だった。

当時は今ほど天気予報を正確に把握できなかった。出かける直前にチェックした「曇りのち雨」という大雑把な情報だけでバイク旅に出るとは現代の感覚ではいささか抵抗があるものだ。

月山湖の景色を楽しみ湯殿山神社を参拝。当時は旅慣れていなかったので退屈な3ケタ国道を走りつなぐだけのツーリングだった。それでも自分の住む千葉にはない山深い景色に心を躍らせていた。

「そろそろ食材とビールの買い出しをしないと…」国道とはいえ山の中をひたすら走る道。どこに集落があるのか、どこが観光地なのかも知らないで走っているのでスーパーやコンビニを見つけることが出来ない。今でこそコンビニはどんな僻地にも存在するけど当時はスキー場が近くにない限り、山間部には滅多にコンビニはない。

ようやく見つけた商店に入るとビールは売っていたもののキャンプで食べれそうな物は魚肉ソーセージ、貝の缶詰、カップラーメンは2種類しか置いていないときた。しかしこの先に店があるとは限らないので、それらを買ってF650GSダカールのリアに積載した。

朝日スーパー林道。その名前の響きに惹かれてこの旅のハイライトに選んでいた全長52㎞の大規模林道。三面川から猿田川に沿って走るブナの原生林。F650GSダカールを購入する以前はジェベル250、セロー225、スーパーシェルパなどで関東圏の林道をよく走っていたので、オフロード走行は今よりずっと長けていたと思う。この日に選んだ朝日スーパー林道も景色よりもオフロードをたっぷり走りたいという欲望の方が強かった。F650GSダカールも朝日スーパー林道のためにタイヤをミシュランT63に交換しておいたくらいだ。

朝日スーパーライン県境展望台で小休止したころで小雨がパラついてきた。予報よりも少し早く雨が降り始めるのか…と思ったが山の天気は変わりやすいものだ。臆せず新潟県村上市方面を目指した。

「この林道を制覇すれば麓にあるキャンプ場にチェックインできる。そこでゆっくりビールを飲もう」

路面状況は前半は安定の砂利ダートであったが後半は水たまりも多く、加えて雨脚も本降りとなった。県境の展望台から5㎞ほど走った地点で工事中の箇所が出てきた。重機が何台も入って大規模に工事している様子だ。ガードマンに通行止めだと告げられて一瞬焦ったが、もう1人のガードマンに「バイクなら何とか通れるので良いですよ」と言われヌタヌタの泥の中を慎重に通過させてもらった。なぜこのような水を含んだ泥が多いのか…きっと近くでブナを伐採しているのが原因だろう。

「あと1時間もするとバイクも通れないほど削りますが戻っては来ないですよね?」そう言われて戻る予定などなかったので快諾して通った。後にこのことが後悔を招くとは全く予知しなかった。




その後、雨の降りしきる林道を淡々と走りつないだ。暫くすると予想よりもダートが荒れてくるのに違和感を覚える。道はやがて狭くなり生い茂る草木も深みを増す一方だ。

「これはミスルートか?」

四方が山で目印になるものが何もない。完全に現在地をロストしている。コンパスに目をやると南西に移動するはずが北東に進んいるようだ。どこかの分岐を間違えたか?分岐などあった記憶がないけど水たまりだらけの路面に目線を集中させていたので見落としたかも・・・。どう考えてもスーパー林道とは呼び難いフキが一面に生い茂った獣道のような雰囲気になってしまった。

今ではGPSがあるのでダムや川の位置表示で容易に現在位置を確認できるけど、当時は紙の地図とコンパスしか持ち歩いていなかった。進むか?戻るか?決断を迫られたが北上しているこの道は明らかにナシだろう…。そう思って引き返した。雨脚はさらに強まり周辺が黒っぽい景色に変貌した。

30~40分ほどダートを走ると何と先ほどの工事現場に戻ってしまった。街中と違って景色が変わらないので先ほど自分が走ってきた道なのかどうか、180度向きが変わってしまうことで分からなくなるのだ。

「しまった…」

絶望的だったのは工事の人は全て撤収していて道はバリゲートで完全封鎖されて通れない状況だった。再び先ほどの道を戻ってミスルートしないように走るしかない。1時間半くらい頑張って走ればキャンプ場に着くはずだ。しかし時間をだいぶロスってしまった。もう日没が近いが本当に大丈夫だろうか…

ブナの原生林の中を暫く走ると、雨は小降りになってきたがヘッドライトが照らす部分が認識できるほど周囲は暗くなってしまった。ほどなく峠を下ったと思われる場所で何かの管理棟らしき建物があった。林野庁か土木関連の施設だろうか。その駐車場で野宿してしまおうか迷ったが白いバンが一台停まっていて何だかマズそうだったのでもう少し下ってみることにした。

峠を下っていくにつれて砂利ダートはどんどんフラットになっていき走りやすくなったが時計に目をやると19時近くになってしまった。

「もう時間切れだな」

ちょうど工事車両か何かの転回スペースだろうか?広くなっている場所を見つけたので止む得ずここでテントを張って明日の朝までやり過ごすことにした。設営の頃はちょうど雨も止んで気分は悪くなかった。

消耗した体は水分を欲していたようで缶ビールは一気に開けてしまった。僅かな食料はまだ20代だった自分の胃袋を満たすには少なかったが「すぐ寝ちゃおう」と思っていたので良しとした。




20時過ぎには寝落ちしたと思う…そして深夜にゴォォォォーーーーという強烈な音で目が覚めた。テントをたたく大粒の雨の音だった。時計は23時を差している。

雨はやがてバケツをひっくり返したように激しくなり、そして小降りになりを何度も繰り返した。テントの四隅から水が浸入してきたので、雑巾で拭き取って前室で絞ってを繰り返した。しかしその作業も追いつかなくなり寝袋や着替えなど濡らして困る物はマットの上に避難させ、自分は横にもなれなくなったので座ってじっと雨の轟音を聞くだけの時間になった。

起きていると足りなかった夕食のせいで激しい空腹感に襲われる。ビールももう無い。あの時、工事現場で引き返して月山の近くのキャンプ場へ行けばよかった…と深く後悔した。深夜、山奥で独りぼっちで大雨をテントで凌ぐ虚しさ。普段、単独行動派を誇りに思う自分も、この時ばかりは誰か話し相手が欲しいと寂しく感じた。

「あのー、大丈夫ですか?」

外から突然に声がしたので激しく焦った。野宿していて怖いのは動物や幽霊よりも人だ。しかし冷静さを取り戻すとどうやら恐れる者ではないらしい。テントのファスナーを開けて外の様子を見ると作業服を着た高年の男性が心配そうにこちらを見ていた。

その背後には夕方に見た管理棟のような場所に停めてあった白いバンがあった。雨の音が激しすぎて車が来た音は聞こえなかったようだ。どうもこの場所で野宿している自分に何か緊急性を感じたのか、心配して声をかけてくださったようだ。人の優しさがやたらしみる。

「ありがとうございます。大丈夫ですから…夜が明けたらすぐ出ますので」

そういって林野庁か土木関係の人らしき方々にお礼を告げた。白いバンの中には5人くらい乗っていたが皆心配そうにこちらを見ていた。時間は深夜0時半だった。

ちょうどその頃、雨はぱったり止んでF650GSダカールとテントのある場所はシーンと無音の空間に変わった。人と話したことでホッとしたのか、その後は朝まで熟睡してしまった。

翌朝、昨夜の大雨が嘘のように晴れた。もし今なら日向にテントを干して乾燥させてから撤収だが、当時はキャンプのノウハウも浅かったのでグショ濡れのテントを無理やり収納してズッシリ重いバッグをF650GSダカールに積載して出発した。

濡れた森が朝日に輝いて息をのむほど美しい。その空間をバイクで駆け抜ける爽快感は昨夜の憂鬱を忘れさせてくれた。スタンディングポジションでF650GSダカールのステップに立ち、全身にフィトンチッドを浴びてアクセルを開けた。茶色い水たまりも粘土のような泥も、不思議と気持ちよく通過できた。

間もなく麓の集落か、という地点でアンテナ設備のような所が見えてきた。そこで昨夜の白いバンと作業員のような人が2人見えた。バイクの音でこちらに気が付いたようで笑いながら手を振ってくれた。




あとがき

今回はノンフィクションで書いてみました。独りぼっちになりたくて旅に出たが、結局最後は人の優しさに救われたという旅のエピソードです。しかしこの経験が朝日スーパー林道だったか他の林道だったのか?の記憶が曖昧で場所だけが微妙です。とりあえずたぶん朝日スーパー林道という事で…。この時、食料が足りなくて深夜に虚しい思いをした経験から、以降の私の旅では食料を多めに買いすぎてしまう傾向になりました。それは現在でも変わらず、結局食べきれなくて家に持ち帰ることになります。

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ツーリング小説「おぼろ月の海」

 「おぼろ月の海」

2010年5月

H氏は御年65歳でまっ黄色のハーレーダビッドソン ロードキング、通称ローキンを愛車にしている。いつもはじけるような笑顔で大きな声で話す。口癖は「世界はデカいぞ!!!」だ。

現役時代は大手電機メーカーでアメリカに赴任していたそうだ。その輝かしい昔話を何度も聞かされていたが不思議と「この人の話はおもしろい」といつも感じていた。全く同じ内容の話でも飽きずに聞けるのは話す時の表情が子供のように無邪気で好感がもてるからだ。

最初にH氏が私の職場に来たのは1月頃で防犯アラームの警報音が小さすぎる、不良品だから交換しろ。というクレームだった。アラームが装着されたローキンを見させてもらったが原因は何てことのない、サイレンが分厚い金属製のバッテリーボックス内に収納されていたので外部に警報音が共鳴していなかったのだ。

クレームは顧客の訴えに耳をよく傾け親身になって対応すれば大抵は解決に至る。まれに「誠意をみせろや」「どないすんねん」といった強請に近いクレーマーが存在するが、その場合でもバイク業界ならではの効果的な解決策がある。それは客の愛車を徹底的に褒めちぎるのだ。以前に電話口で1時間以上にわたり怒鳴り散らしていたタチの悪いクレーマーがいたが、その愛車であるZ400FXについて「FXの名は航空自衛隊の戦闘機Fighter-eXperimentalから由来しているのですよね!」とこちらが明るくバイク談議に持ち込めば「よく知っとるね、Zが好きなんか?」と嘘のようにクレームが鎮火したものだった。

H氏も同様に最初はアラームが悪いの一点張りで「金を返せ」「どうしてくれんだ」とわめき散らしていたが黄色いローキンは珍しいとか、これでどこまで走りに行った?とかバイク談議に持ち込んで和ませたものだ。

問題が解決すると話好きのH氏は私の会社の駐車場で長話をはじめた。聞くとバイク歴はベテランという訳ではなく免許を取得したのは2年前だとか。65歳で引退して余暇を楽しむための趣味なのだとか。バイクはアメリカで見たローキンのかっこよさに惚れ他に選択肢はなく黄色のローキンを指名買いだったそうだ。私は内心「ハーレーはバイク乗りの行きつく先と言われる。中型や国産車などを乗り次いで最後にローキンなら分かるが…」と思ってしまった。

「僕はね地元のツーリングクラブに所属していたんだけどペースは遅いしワガママは言うし、おまけに集合時間にいつも遅刻するからついにクラブを出入り禁止になっちゃったんだよ」と。確かにかなりクセの強そうな性格なのでツーリングクラブなんて団体行動は無理だろう…と言いそうになってしまった。

後になって後悔したがここでH氏の長話を聞きすぎてしまったのが失敗だった。それから数週間後、H氏は私の会社へ不定期に用もなくやってきては世間話を1時間ほどして帰っていくようになった。話はルート66やグランドキャニオンの風景が大好きだとかイエローストーン国立公園は死ぬまでに一度は行った方がいいとか、もっぱらアメリカの話だったがどれも面白い話だった。

「仕事の邪魔して悪かったね」と言って黄色いローキンのエキゾースト音(といっても高年式ハーレーなので静か)を響かせてアメリカ風に走り去った。…完全にヒマなおじさんの話し相手にされている。しかし不思議なことに年齢は私の父と同じくらい離れているのに友情のような感覚が芽生えてきた。

「こんどツーリングに行こうよ!僕はもう茨城の風景は飽きているから房州がいいな。立澤君、千葉の道なら詳しいだろ?先導して素晴らしいツーリングをエスコートしておくれよ」

うわぁ~めんどくさい事になった。H氏は決して嫌いではないが一緒にツーリングだけは勘弁してほしい。私はソロツーリング派でマスツーリングは大の苦手。2台でもよほど気の合う同士でなければ一緒に走る事はまずない。自他共に認める単独行動派である。長距離でも休憩は少な目だし峠ではペースが上がる。果たしてH氏のローキンと私のR1200GSが一緒に走れるのだろうか。

結局、H氏の強引さに負けて断ることもできず、渋々南房総へツーリングに出かけることになった。「月の砂漠ってところがあるんだろ?素敵な名前だね、そこ行ったみたい」確かに月の砂漠は御宿にある有名な観光スポットだ。しかし砂浜にラクダの像があるだけの場所だけど、まあいい…。




当日、H氏は期待を裏切らず30分も遅刻して約束のコンビニに現れた。「いやぁ~ごめんごめん、これでも僕にしては早く着いたほうだよ。BMWもいいね。僕には足が届かないから無理だけどね」遅刻の上にここで長話が始まるのか…と一瞬嫌な予感がしたが意外とすぐに出発となった。

コンビニの駐車場から普通に道路を左に出た、ミラーで黄色いローキンを見ると左に小回りができないようで派手に反対車線にはみ出してヨロヨロとふらついて走り始めるH氏。「おいおい、大丈夫かなぁ」

後ろの様子に注意しながらいつもの60%くらいのペースで走る。自分も仕事の関係でハーレーのクルーザーなら何度か運転したことがある。ビッグツインの強大なトルクで重い車体をぐんぐん前に押し進めるのは実に頼もしい。その反面、コーナーでは意図的に控えたスピードを作らないとステップボードを擦ってしまう。ローキンの走りをよくイメージしてR1200GSに通常とは全く違う走らせ方をさせた。

30分ほど走ったところで信号待ちで「そろそろ休憩にしようよ」とH氏が言った。内心「えっもう休憩すんのか!」と思ったが人生の先輩に従う以外にはない。今日はそういう日なのだ。そこからさらに30分ほど走るとこんどは「ガソリン入れたい」と言い始めた。「入れてから来いよな!」と内心思ったがガマンだ。そんなペースなので月の砂漠のある御宿までまだ数十キロはあろうかという場所で13時を過ぎてしまった。

「この辺で昼食にしようか?」こちらも空腹感を覚えたのでこれには賛同できた。しかし心当たりのある食事処は現在地点の近くにはない。どうしたものか…

「海沿いの国道に出たらホテルがあるからそこで食べようよ。今日はせっかくだから僕がご馳走するからさ。遠慮せずに好きなもん食べてよ」えっ??ホテル?まさかツーリングでホテルで昼食なんて考えたこともなかった。テレビでCMしている立派な観光ホテルの1Fでライディングジャケットを着た中年男と高年男が2人して優雅に食事だ。「一人だったら絶対にやらんな」と思ったがH氏の好意を素直に受け入れることにした。

ホテルの昼食はゴージャスで大満足であったが軽く1時間半はロスッた。いつもの定食屋なら30~40分程度で済んでしまうのだが。今日はそういう日なのだ。近いはずの御宿がやたら遠く感じる。

メキシコ記念塔に着いた。御宿町の外れにある高台からの海岸風景は絶景である。 「眺めだけでなく静かなのがいいね」H氏のその一言に私は一瞬ドキッとした。この場所は私が16歳の時にはじめて後ろに女の子を乗せてツーリングに来た場所だ。その時の彼女の「眺めだけじゃなくて静かなのがいいね」と言った言葉が20年経った現在でも記憶に残っていて、H氏の一言で記憶風景がフラッシュバックしたのだ。

「この近くに小浦という秘境感ある海岸があるからそこもご案内しますよ」

小浦は県外の観光客はまず知らない超穴場の海岸だが15分ほど足場の悪い海岸沿いをトレッキングする必要がある。黄色いローキンとR1200GSを路肩に停めて小浦海岸へアプローチする獣道を2人で歩く。途中、ワイルドな素掘り隧道を通過したが中が真っ暗で不気味であり「一人だったら絶対に来ないな…」とH氏がつぶやいた。さっきホテルで私が心の中でつぶやいた一言と全く同じセリフだった。

ぬかるんだ道、腰まで伸びた草、岩場を抜けて白く輝く海岸が見えてきた。「おぉ~」と歓喜の声を漏らした瞬間、H氏は湿った岩場で足を滑らせた。幸い怪我はなかったが1mほど落ち込んだすり鉢状の窪みにはまってしまい、私が上から手を差し伸べて救出した。ガシッと強く握ったH氏の手の感触に言葉にできない何かを感じた。

「カッコ悪いとこ見せちゃったなぁ」




誰もいない秘境の小浦海岸の景色を堪能するともう日が暮れてきてしまった。少し急いで戻らないと月の砂漠に着くころには陽が沈んでしまいそうだ。といっても急がせれば別のトラブルを招く可能性があるので焦る様子を見せずにバイクの場所へ戻る。

夕暮れのビーチを横目に不思議な感覚に襲われてR1200GSを走らせていた。一体、俺は何をしているんだろう?もう月の砂漠を見たらそこで解散で1人で帰ろうかな…

月の砂漠に到着すると残念なことに日は沈んだ後だった。ここで綺麗な夕空を見たかったけど、旅はそう期待通りにいくもんじゃない。しかし太陽が沈んだ後のマジックアワーが軽く衝撃を受けるほど美しかった。

加藤まさをが作詞した童謡「月の砂漠」はまさにこんな風景がイメージなのだろうか。地平のアンバーは空へ向かうにつれてマゼンタに染まる。この美しい空間に王子と姫が乗ったラクダの銅像がいるだけで御宿の海岸を御伽噺の世界に染め上げた。

二人ともそのあまりに美しい光景に言葉も無く砂浜に立ちすくんだ。やがて空の表情が変化し始めるとH氏は「この空をいつまでも見ていたい。ほら、あそこに満月が出ているだろう?俺がアメリカで見た月のようにデカい。いや…デカく感じるだけかもしれんが、月が輝きを放つまでここに居たいんだ。遅くなっちゃうけど付き合ってくれるかい?」

私の地元である千葉の良く知っているこの海岸が、このような美しい景色を見せてくれることに驚きと感動を覚え、つい先ほどまで「もう帰りたい」と感じていたのはどこかに吹き飛んでいた。「もちろんいいですよ、僕ケースの中にキャンプ用のイスがあるので持ってきます」

「俺もローキンのケースにキャンプのイス持ってきたよ」とH氏。

驚いたことに私とH氏のキャンプチェアーは生地の柄まで同じのお揃いのチェアーであった。「今回の旅、僕とHさんの唯一の共通点はこのイスでしたね」後になって考えると失礼だったかなと反省したが、その場では「確かにその通りだ!」とH氏はいつも通り大きな声で笑ってくれた。

やさしい人だ。素直にそう思った。




誰もいない黄昏時の海岸に30男と60男が2人。イスを並べて空を見上げる。この時、何を話したのか覚えていないがあっと言う間に空は暗闇に包まれて月が美しく、おぼろに輝き始めた。

「春宵一刻値千金…ですね」と私が言った刹那。どこからともなく蝶がやってきて2人の見上げる夜空に消えた。

「大原や蝶の出て舞ふ朧月」とH氏が言った。参りました…30近い年の差。年季の入った男と未熟な男の差を垣間見た。ついさっきまでバイクに関しては自分の方が先輩…といった風を吹かせていたのが急に恥ずかしくなった。

やがて満月の光は次第に強さを増し、春の凪の海に一本の光の筋を落とした。

 

~END~

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  あとがき

10年前、私がバイク用品メーカーに勤務していた頃に本当にH氏のようなお客さんがいました。H氏に関わるエピソードはほぼノンフィクションですが実際には一緒にツーリングに行く機会はありませんでした。後になって元同僚に聞いた話なのですが私が退職した後も何度もやってきて私の連絡先を聞いていたそうです。どうしても一緒に千葉をツーリングしたかったのだと。それを聞いて一度くらいは一緒にツーリングに行けば良かったな…と本当に後悔していまます。そんな想いから、もしあの時にH氏と一緒に房総をツーリングしたら、きっとこんな素敵なツーリングになっただろうな、というStoryを書いてみました。

~関連投稿~

・旅人たちの子守歌

 

・小さな海岸

 

ツーリング短編小説 旅の記憶 小さな海岸

小さな海岸

 

もう約30年も走っている房州の海岸線。

その日は東京湾に沈みゆく夕陽を拝んで帰ろうと決めていた。

きのうまで大雨だったので空気も清浄されてさぞ美しい夕景が見れるだろう。

そんな期待を膨らませてR1200GSを走らせる。

EOS1Dx + SIGMA35mmF1.4ART

この小径の先に何かあるな…

幹線道路から一つはずれ細い生活道路に入ってみる。

さらに軽自動車でギリギリくらいの細い路地を海の方へ向かって入ってみる。

海岸線の国道は数え切れないほど走ってきたけど、走ったことも無い細い道には知らない景色が潜んでいるものだ。

そんな小さな「旅情」感じる風景を求めて探検気分を味わうのが大好きだ。

何となく…ただ何となく、直感だけで迷路のような小径を走り紡ぐ。




地元の人に迷惑にならないよう極力、エンジンの回転数を下げて静かにゆっくりR1200GSを走らせる。

やがて小さな漁村に出た。そこは袋小路になった箱庭のような空間だった。

素朴な漁村風景は私の中の桃源郷と言える絶景だった。

EOS6D Mark2+ EF35mmF2IS

小型船を係留できる小さな防波堤は風景を遮るものもなく海に浮かぶステージのようだった。そこにR1200GSを停めて愛車の姿を少し離れた場所から眺めてみた。

太陽はみるみる低い位置に移動している。

いつもと同じように旅のワンシーンをイメージに描いてブツブツと呟きながらEOS6D Mark2にお気に入りの35mm単焦点レンズを装着した。楽しいクリエイティブタイムの始まりだ。

ここがベストアングルだ、と納得のいく撮影ポジションは道路沿いの大きな堤防の影のような場所だった。打ち寄せる波の表情は豊かで、ぶつかり合った波の境界が弧を描いたり、壊れたテトラポットに砕けたりを繰り返す。水はクリスタルのように透明で泡立つ潮の様子はまるでクリームだった。

「被写体とセッションしている時間が一番自分らしくいられる」

無我夢中でシャッターを切りまくって、やがて集中が切れた…。

もう太陽は水平線にさしかかってきたので撮るのをやめた。

夕陽の写真を撮るときは沈む瞬間だけは撮影をやめて、この目で見届けるようにしている。特別な理由はないけれど以前からそうしている…自分でも謎の儀式だ。




ふと、背後に人の気配がした。

EOS6D mark2

振り向くと女の人がいた。いつの間に後ろにいたのだろう。綺麗な人だ。

こちらが気が付いたタイミングで向こうも私の存在に気が付いた。まさかこんな場所に人がいるとは思わなかったようで少し驚いた様子だった。

30代くらいだろうか…着の身着のままという感じで、おそらく近所の人だろう。

ここに何か用があって来たのではなく、夕陽が海に沈みゆくのを見にやってきたと分かる。

誰もいない海岸に私と彼女の二人だけ…

映画のワンシーンではよくあるシチュエーションだが、実際にそれが起こると事故のような感じだ。

戸惑ってしまったがとりあえずご挨拶くらいは…と思い顔を見た瞬間はっとした。

泣いている…

参ったな…軽く会釈だけして私は気付かなかったフリをして視線を夕陽の方へ戻した。この夕陽を見て感動して泣いているのかな?いや、今来たばかりだしソレはない。きっと何か悲しいことが別にあって、それを夕陽に重ね合わせているのだろう。




水平線にさしかかった太陽は海面付近の温度でユラユラと蜃気楼になり一本の筋を貫通させた。今まさに一日が終わろうとしている。地球はコペルニクスの言う通り間違いなく自転している。

そして時間は儚くも尊い。

「彼女は泣いている顔を私に見られたと気にしていないだろうか?」

そうだ、こうしよう「私もこんな美しい夕陽を見て思わず泣いてしまいそうです」そう言えば彼女もこの場をやり過ごすのに都合がよいだろう。

数分ほど経って太陽の峰が水平線にフーっと消えた直後に彼女の方へ振り返ると…そこにはもう誰も居なかった。

「あれ…もういないや」

思わず声に出してしまった。こりゃ、私も嫌われたもんだな。

R1200GSのボクサーツインを始動しヘルメットをかぶってギアを入れた。いま来た細い小径をゆっくりと走る。不思議と来るときとは少し違った景色に感じる。

風情ある古民家が並ぶ中に一軒だけ庭の広い家があり、そこに先ほどの彼女の姿が見えた。こちらに気が付いた様子で振り向いた。そして微笑みながら大きく手を振ってくれた。

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~関連投稿~

ツーリング短編小説 旅人たちの子守歌

平成のバイクコラム 平成5年 ブレーキの無いNSR

平成5年冬

久しぶりにSと再開した。SはバイクをRG250ガンマから89’NSR250R-SPに乗り換えていた。しかし個人売買で15万円で入手した中古車は一目みてボロイ。今でこそ希少価値の高い2STレプリカだが、この頃はオメガの耐久カウルだのエビ反りテールだのと下品な改造が施され、その後に納屋に放置されていたようなボロがたくさんあった。

しかもSのNSRを良く見ると、リアのブレーキマスターシリンダーにブレーキホースが無い。理由は忘れたがフロントブレーキだけで走っているのだと。

ファミレスでも行こう、という話になり2台で田舎特有の広い直線道路をとばしていた。先導は私のNC30。そして交差点で赤信号になったので停止したところ、Sは私の真横にジャックナイフさせて威勢良く停止し、その後に右側にパタリと倒れ込んだ。

まるで昭和コントのようなモーションで倒れた。後で判明したのだが、カッコよくジャックナイフさせたまでは良かったが、停止時に地面へと出した右足が何かにひっかかって足を出せなかったそうだ。恐らくホースの無いリアマスターのニップルにGパンの裾がひっかかったのだと。

そんな事情も知らず、また面白いパフォーマンスが始まったな!と思い私は自分のバイクに乗ったままショーを静観していた。やがてジタバタとした動きはやめて道路に大の字になって寝そべると大声で私に「早く助けろバカ!」と叫んだ。足が車体に挟まっていたらしい。

バイクを引き起こして目が点になっている後ろのクレスタのオジサンに手を挙げて、再び青信号で走り始めた。問題はここから先だ。




私は自分のバイクを2速3速4速と確実にレッドゾーン直前でシフトアップさせ加速させた。ミラーに目をやるとSのNSRもピタリと付いてきている。さすがNSR、ボロでも速いな!と思ったが、よく見ると何やら様子が変だ。

Sは私の横に並ぶとAraiアストロのシールドを開けて有り得ない程のデカい声で「ブレーキがきかねぇんだ!!!!」と叫んだ。

それは知ってるよ。リアブレーキだろ。何いってんだ?

私はまだ前方がクリアーな直線道路に対し、アクセルを開けたいという欲望を思いのままに発散させた。80年代後半から急ピッチに進化したオートバイの性能は、今から30年前と侮ることはできない。こと加速力に関しては現代のバイクと大差はない性能。スピードメーターの針は既に国産のオートバイでは数字の書いていない場所を指示していた。

するとSのNSR250R-SPは再び私の真横まで並んできた、そして今度は尻のポケットから銀色に輝く何かを差し出して見せた。その時、ヘルメット内に見えたSの目は漫画で描くアメーバーのような形をした目だった。それはまるで受け入れがたい悲劇に歪んだ表情だった。

一体、何を手に持って私に見せたのだろう?どうせまた何かのジョークだろう。そう思って無視することにしたが、銀色に輝くあの美しい物体が何なのかは気になる。アフリカかどこかの少数部族が神にささげる儀式か何かに使う飾りのように見えた。

気になるので加速をやめて再びNSR250R-SPの横に並んでみた。再び先ほどの物を見せろという意図のアイコンタクトを送るとSは再び尻のポケットから物体を差し出した。

・・・

・・・

レバーだ。

・・・




…美しく銀色に輝く謎の物体はアフリカ部族のオブジェなどではなくレバーだった。当時、ホンダ純正で多くの車種に付いていた銀色のレバー。しかし、一体レバーを持って何がどうした?というのだろう。レバーといえばクラッチか…ブレーキ。クラッチレバーか?いや、それなら先ほどの転倒から発進できないだろうに…。

・・・

・・・

そうか…そうゆうコトか。

・・・

Sは先ほどの転倒でフロントブレーキのレバーが根本から折れてしまったのだ。すなわちフロントもリアもブレーキが無い状態で、既に法外なスピードが出ている危機的な状況である。

当然、Sはジャックナイフで倒れた交差点で、レバーが折れたことに気が付いている。でなければ折れたレバーを尻のポケットに入れない。つまりカタツムリ程度の知能しか持っていないため、前後のブレーキ機能を失ったNSRでフル加速で私を追いかけてきたのである。

無情な結末は当たり前のようにやってきた。先の交差点に目をやると、ちょうど黄色から赤に変わったところだったのである。交差する一方の道は千葉県有数の交通量を誇る産業道路だ。しかもその50mほど先にはもう1つ大きな交差点があって、そちらは当時は高速道路の終点だったこともあり、行き交う車は感覚が麻痺していて高速道路なみにスピードを出している。

「あぁ、今日でヤツも終わりだ」楽しかった高校生活の思い出が走馬灯のように脳裏に流れた。修学旅行でオマエがナンパした他校の女…ブスだったなぁ、オマエのせいでお正月を警察署でむかえたこともあったな、パトカーに放火して新聞に出てたなオマエ。唯一、悲しいなと思ったのはSのお母さんには日頃から「馬鹿な息子のことを頼みますよ」とお願いされていたので、お葬式にどの顔を下げて謝ろうか・・・ということだった。

私は既に自分自身も危険なほど停止線までの距離に対してスピードが出過ぎていたので、Sの事を考えるのをやめてNC30をフルブレーキングさせた。フォークのストロークが底付きする感触を覚え停止線の1m先で停止した。当時、最強のグリップを誇ったYOKOHAMAのゲッターが良い仕事をした。

SのNSR250R-SPは無駄な抵抗ではあるがシフトダウンでエンジンが焼けるほどエンブレを効かせて、両足で地面をズルズルひきずり矢のような速さで産業道路の赤信号の交差点に突進していった。今になってそのシーンを回想するとバックトゥザフューチャーのデロリアンがタイムスリップする時のように地面の軌跡に炎が上がっているようなイメージだ。

・・・

一瞬、私の見ていた世界は無音になり周囲の景色が白黒になった気がした。交差する道路から行き交うトラックやタンクローリー。NSRは手前の車線を走る清掃車の直後を抜け、次の車線は白いホンダクイントのリアバンパー数センチギリギリで通過した。思わず私はヘルメット内で「うおおっ」と声を出した。Sはわずかなスペースを奇跡的なタイミングで切り抜けて産業道路を見事に横断したのだ。

しかし次に待ち構えるのはインター出口のバイパスだ。そちらは圧倒的に交通量が多く行き交う車のスピードも高い。どうする?どうなる?

すると私の視界は産業道路からの40フィートコンテナ車で遮られ、先の様子が何も見えなくなった。それはまるで幕内で起きた惨劇を客席の皆さまにはとてもお見せできませんと、突如として緞帳が下りたようだった。

・・・




コンテナ車が去った次の瞬間、視界に現れた世界は極めて日常風景だった。ただバイバスの先にあるラーメンショップの砂利の駐車場にSは普通にNSR250R-SPを停め振り返ってこちらを見ている。

青信号になってSの元へ行くと私に向かってこのように言った。

「ドラスタにレバー買いにいくべ」

と。そしてギアを1速に入れて再びSは走り始めた。

カストロールのイチゴのような香りの排ガスをまき散らして。

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~あとがき~

ほぼノンフィクションです。盛った部分は交差点はバイパスではなく普通の幹線道路だったこと、実際は走りながらレバーは見せなかったことくらいです。しかし、後にドラスタの店内でSはおもむろに尻のポケットから折れたレバーを出して「え~と…」とNSRに合うレバーを探し始めたので、思わず「お前、折れたの気が付いてたのかよ!」と大声で突っ込んでしまいました。

今になって考えるとその先どうなるかを想像できない何かの発達障害か、またはこの出来事の数年前にSは彼女の前の男と大乱闘の喧嘩をしていて、相手が事もあろうにマイナスドライバーをSの頭に突き刺してしまった事件がありました。その時に脳に何かダメージがあった影響なのかもしれません。あの時はドライバーが頭に刺さったまま相手をブチのめしてしまい、救急車を待つ間に彼女のシルビアのタイヤ交換を、これまた頭にドライバーが突き刺さった状態でしていたのが忘れられません。脳ってデリケートなようで結構テキトーなんだな…とその時は思いました。

もう四半世紀前の思い出話ですが。

北海道ツーリング 旅小説「ブローニーフィルムの彼女」

 夏の北海道ツーリング ~ツーリング旅小説~

 「ブローニーフィルムの彼女」

…2009年8月

大学生らしい。

都内の有名大学に通う立派な女子大生だ。

「この先どうしましょうか?」

 

この日、早朝からキャンプ場を出発した私は金山湖を経由し、日勝峠を超えた後に十勝エリアを目指す予定だった。

しかし金山湖のはるか手前の花人街道で、行く先に見える黒い雲に嫌な予感がしていた。この当時はスマホやら雨雲レーダーやらと便利なものは無かったので、天候の情報元は朝一にチェックした「曇りのち雨」という大雑把なものだった。

やがて前方から冷蔵庫の扉を開けた時のような冷気を感じた。スペースを見つけてすぐにUターンした。冷たい風を感じたらその先は豪雨だと知っているのだ。

道の駅「樹海ロードひだか」に着くころにちょうど雨雲に追いつかれて間一髪だった。屋根のある場所でホットの缶コーヒーを飲みながら「さて、どうしたものか」とこまねいていると、一台のバイクが入ってきた。

「キャー、最悪。死ぬかと思った!」

ヘルメットをしながら独り言がやたらでかい声。私は直感的に「あっ、これはめんどくさいタイプだ」と感じて距離をおいた。

離れた場所の椅子に腰かけてくつろいでいると、先ほどの声のデカいのがわざわざ探したかのように私のところへやってきた。

「すごい雨ですねー、今日ってこんな予報でしたか?」

「北海道の予報はあてにならないよ、ましてはここは日高山脈の近くだしね」

上下ピンクのレインウェアーにバイクはFTR223。少し前に流行ったストリートバイクだ。年のころは10代だろうか。身長は大きいが細身の女の子だった。学級委員長タイプが間違ってバイクの免許をとっちゃったみたいな感じだ。

一目みてユースホステルやライダーハウスにいるような旅慣れた感じの女の子ではないのが分かる。ビギナーオーラをめらめらと醸し「私を助けて」とばかりに周囲のメンズを集める感じだと悟った。

しかし唯一気になったのはリアに積載されている大荷物の中にリモワ製のハードケースがくくり付けられていること。果たしてあのリモワには何が入っているのだろうか?

「この先どうしましょうか?」

「日勝峠を越えて十勝を目指す予定だったけど、今日はもうこの辺で泊まるよ。たぶん雨は夜中まで降り続くしね」

「私は頑張って美深アイランドに行きます」

「なんだって?この大雨の中を美深?旭川の市街地を抜けてさらに北だよ。もう2時半だし。それに美深アイランドって言ったけどキャンプするの?」

「ええ…だめですか?出かける前に調べてきたキャンプ場なので…」

どうやら典型的な北海道ツーリングのビギナーらしい。北海道を島のように考えて距離感が分かっていない。それにこの雨でキャンプなどベテランでも躊躇するのに。

「まさかはじめて?」

「はい、北海道に来るのも、キャンプツーリングも初めてです」

意外と言葉遣いはきちんとしていて、こちらを大きな瞳で見開いてハキハキと話す。とても感じがいいので思わず私も普段と違って気が付くと談話を楽しんでいた。

「宗谷丘陵の白い貝殻の道をみて、知床半島を走ったら最後に鹿追町に行きます」

鹿追町??なぜ鹿追町に?宗谷と知床は定番のツーリングスポットなので分かるが、鹿追町は特段そのようなスポットではない。疑問に思ったがその時は聞かなかった。




FTR223のリアシートは異常なほどの大荷物で後ろ半分のボリューム感が大きく、見た目にアンバランスだった。(センスない積み方だなぁ…)どうしてこんなに大荷物なのか尋ねると大量のお土産と枕を入れたせいだとか…。

「枕って普段、家で使っている枕??」

確か今日の昼の便で苫小牧港に着いたばかりなのに…。旅の初日にお土産を買いこむなんて大丈夫だろうか。枕は自分の枕でないと寝れないタイプなのだと言う。

「あのね、お土産は苫小牧のフェリーターミナルで売っているんだから帰る日でいいの。それくらい分からない?」

「あはは…ごもっとも」

結局、彼女は美深行きを断念し私と同じ、この近くで一泊することにした。

「この近くに鉄道の客車を使ったライダーハウスがあるよ、アテがないなら一緒に行くかい?」

アテなどあるはずもないので二つ返事でお供することになった。雨脚が弱まったタイミングをみて私のR1200GSと彼女のFTR223の2台は道の駅を出発した。

国道沿いのセイコーマートで買い出しをして平取町役場振内支所でライダーハウスの手続きと600円の料金を支払った。

平取町の振内鉄道記念館。その敷地内にある古びたSLと2両の客車。この客車内が座席を撤去してカーペットを敷いたドミトリー形式のライダーハウスになっている。かなり古びた客車だが雨風しのげて低価格、出入りも自由でシャワーまであるのが有難い。

役場の人が「男性用の車両は雨漏りが酷いので本日はみなさん女性用客車の方をご使用ください」とのこと。いまのところ他に宿泊希望者はいないらしい。

雨漏りがひどいのは以前からだけど、役場の人がそう言うくらいなら以前よりもさらに酷くなったのだろうか。

一通りの荷物を客車内に運び終わった頃、外は「ゴォー」という音をたてて再び激しい雨が降り始めた。

「よかったろー、あのまま美深を目指さなくて」

「ほんとです、美深までもっと近いのかと思って甘く見てました」

「さっきの道の駅から200キロくらいあるから4時間以上はかかるよ。それに暗い大雨の中をテント設営なんて無茶だよ」

確かに美深アイランドは森林の雰囲気も良いし隣接している温泉もキレイで良いところではある。しかし目的地を設定してそれに縛られるように行動するのは関心できない。天候不良などで不測の事態が発生したら柔軟に目的地を変更するのがベテランである。

しばらくすると1台また1台とバイクが鉄道記念館にやってきて5人のソロライダーが集まった。




あまりに暇なので装備品のチェックをしてあげることにした。この先、あと1週間も北海道にいるという。老婆心ながら本当に大丈夫だろうかという心配から、ちゃんとした装備を持っているのか気がかりだったからだ。

彼女の持っていたテントは量販店で大量に売られている安物だった。生地の縫製部分を軽く引っ張るとミシン穴から向こう側の光が見えた。

「これは晴れている日はいいけど雨だったら使わない方がいい。寝ている間にテントの中がプールになっちゃうよ」

ガスバーナーもノーブランドの安物で使い方も分かっていなかった。「出かける前に使えるのか確認しろよなー」結局、そのガスバーナーはイグナイターが不良品で後でコンビニで100円ライターを買ってそれで点火させることにした。

「私、カレーも作れないんですけど大丈夫でしょうかね…」

「無理して料理なんてしないでスーパーで売っているウインナー、おでん、ハンバーグとかボイルするだけのヤツでいいんだよ。あとは袋のラーメンかうどん、朝食は朝早くに出発するならキャンプ場じゃなくて途中のコンビニに立ち寄ってそこで済ませればいいよ」

雨がいったん止んだのでFTR223のパッキングもチェックしてみた。重い物は低い位置に、ショックコードは硬い部分に通すといった説明をして最初からパッキングし直した。最初の状態では高速道路の加速時にハンドルが左右にブレて怖かったのだとか。

一応はツーリング用品のメーカーで企画開発をしている自分はある意味で「この道のプロ」である。バッグの固定ベルトやショックコードの使い方が間違っていると、黙って見てはいられないのだ。

FTR223を出来る限り低重心に、マスの中央に重量物がくるようパッキングし直し、これでハンドルのブレも走行中に荷物を落下させるような危険なことも無いだろうと一安心。そして気になっていたリモワのケースに何が入っているのか聞こうとしたとき、凄まじい稲光と雷鳴が響き渡った。

「きゃああああああーーーーー」

急いで客車内に避難し外の様子を見たが、どうやらすぐ近くで雷が落ちたようだ。数分で消防団が急行していく様子が見えた。

他のライダー達が「もう危ないからここでビールでも飲んでようよ」と全員で小さな宴会を始めることにした。

深夜、雨は止んで外の様子が不気味に静かだったので目が覚めてしまった。彼女の方に目をやると大の字になって凄い寝相であった。問題の枕はあさっての場所に投げやられていた。「まったく意味ないな…」とつぶやいて再び眠った。




翌朝、嵐は過ぎ去って振内の空は気持ちよく晴れていた。しかし天気予報をチェックすると道北も道東も雨予報となっていた。私は予定を変更して安定した天気の襟裳岬を目指すことにした。

彼女も美深はあきらめて、とりあえず南下するらしい。朝の6時にはパッキングを終えて互いに目的地は異なるが途中までは一緒に走ることにした。

サラブレット銀座。地図にそう書いてあるエリアにさしかかると、昨晩の雨で湿った大地が朝日で温められて一面が靄になり幻想的なサラブレット牧場の景色が現れた。

私のR1200GSと彼女のFTR223は牧場の敷地の手前で停車し、この素晴らしい絶景を写真におさめることにした。私はキャノンの一眼レフカメラ、彼女はニコンのCoolpixの上位機種だった。

思わず「カメラは高級なのもってんだな」と言いそうになってしまった。

私は彼女に写真の撮り方までレクチャーするほどのお人よしではないので、自分の撮りたい場所へそそくさと動いて無心にシャッターを切った。

彼女はなぜかFTR223の方へ戻り、何やら荷物を出している。どうしたんだろうか?

「いい写真は撮れたかい?」

「今から本番ですよ」

???聞くとCoolpixは露出の確認と試し撮り専用なのだと言う。いったい何を言っているのだろう?そう疑問を抱いたとき彼女は例のリモワ製ハードケースの蓋を開いた。

「ゼンザブロニカのS2!!」

なんとリモワの中には1965年製の6×6版カメラであるゼンザブロニカS2が収まっていたのだ。

「びっくりしましたか?」

彼女は得意そうにニコニコしながらブローニーフィルムの先端をスプールの溝に差し込みキリキリ、キリキリと巻き取った。実に手慣れている様子だ。

フィルムマガジンを本体に装填し巻き上げノブをカカカカ、カカカカ…と回してスタートマークを確認すると「これでよし」と呟いた。

「えっ…ちょっと待って、こんなヴィンテージの中版フィルムで…ええ?…マジで…?」動揺を隠せない私。

「さっきのCoolpixで撮った写真でいいからチョット見せて」と言うとその小さなデジカメの液晶には驚きの作品が写っていた。つい数分前まで先輩写真家気どりだった自分が急に恥ずかしく思えてきた。

「まるで神田日勝の絵画に通ずる生命感だな…」

神田日勝とは北海道を代表する油絵の画家であり、この場所の山の反対である鹿追町には神田日勝記念館がある。何を隠そう前日に私が超えたかった峠道もその名にちなんで「日勝峠」であるのだ。

私の「神田日勝」という言葉を聞いてフォーカシングフードをのぞき込んでいた彼女の表情が一瞬だけ反応した。

「ほんとですか?うれしい」

・・・・・あれから10年以上が過ぎて、FTR223の彼女とは一度も会っていない。なぜなら連絡先も名前すらも聞かなかったのだ。せめてあの時のゼンザブロニカS2で撮った作品を見て見たかったものだ…と後悔の念が残る。

そんな旅の思い出。

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~過去のツーリング小説~ 

・旅人たちの子守歌

・想い出のお昼寝

~あとがき~

今回は今までのツーリング小説と違って6割がノンフィク、4割がフィクションで作ってみました。実際は大学生は女の子ではなく2人の男の子。そしてゼンザブロニカのカメラとサラブレット銀座のシーンもフィクションです。振内の鉄道記念館、日勝峠、サラブレット銀座、神田日勝の縁である鹿追町など、個人的に思い入れの深い北海道の地を舞台に書いた稚拙なツーリング小説でした。

旅人たちの子守歌

2018年8月13日 北海道稚内市

稚内森林公園キャンプ場にテントを張って4日目。

連日にわたって曇りか小雨の天気だった道北地方にようやく明るい天気予報が伝えられた。しかし道内の全域ではこの先の数日間は雨模様であり、道内で北海道ツーリングを楽しんでいるライダー達が本来の予定を変更して、ここ稚内に集結してしまったと思うほど、キャンプ場は駐車場があふれるほどの混雑だった。

むかしの自分だったら混雑を嫌ってうんざりしていたはず。しかし、この時は稚内森林公園に連泊して滞在型とする旅を楽しんでいたせいか、なんとなく傍観者のように多くのライダーや旅人達を見守っているような気分だった。

明日は空が明るくなる前から行動を開始しよう。そう思ってこの日は午前3時半に目覚ましをセットしたが、興奮していたせいか午前2時50分に目が覚めてしまい3時にはR1200GSアドベンチャーに火を入れてキャンプ場を出発した。

薄暗い景色の抜海岬や日本海オロロンラインの景色、ノシャップ岬からの朝日を拝み、いつも通りツーリング写真家を気取って走りまわり、そして撮りまわった。

午前11時、あれほど今回は食べないぞ、と心に誓ったはずのウニ丼を誘惑に負けてたらふく食ってしまい、激しい眠気に襲われたので稚内森林公園キャンプ場に戻ってテントで昼寝を決め込むことにした。

自分のテントの周囲はいかにも混雑したキャンプ場という感じで数メートル四方にわって他のテントが設営されていた。そして最も近接した位置に大きなファミリー型ドームテント スノーピークのランドロックが設営されていた。

そのテントはライダーではなく高齢の夫婦だった。テント前にテーブルと椅子、バーベキューコンロがあり昼間からキャンプ場でのんびり過ごしている様子だった。

「どうもコンニチハ」と軽く挨拶だけ交わして、私はテント内にもぐりこみライディングウェアーを脱いで下着のまま寝袋に入った。

 




 

寝落ちする前にこんな会話が聞こえてきた。

「あら~、あなた達また会ったわね」

「わ~すごい偶然、稚内で再会だなんて!」

お隣の老夫婦のお母さんと、若い女性らしき人の声だった。

やってきた若い女性にはもう1人の連れがいて、その人は外国人女性のようだ。

「こっちに来て一緒にお話ししましょうよ、占冠ワインもあるわよ」

驚いたことに老夫婦のお母さんは英語がとても達者で、ここから先の4人の会話は全て英語になった。

私は英語はよく分からないが2人はエストニアだかリトアニアだかで出会って意気投合し、今は2人で日本を旅しているのだとか。明日は礼文島に行ってトレッキングをしたり、外国人の彼女に美しいスカイ岬を案内するのが楽しみなのだとか…そんな様な内容だと思う。

この若い女性2人とお隣の老夫婦は何日か前に美深で会っていたようだ。

その他、よく聞き取れない英語の会話に対して時よりお母さんが「あら~素敵だわ」と感想だけは日本語で話すことに面白いなと感じ…やがて4人の会話が子守歌のように心地よくなってしまい眠りこけてしまった。

気が付くと私は稚内森林公園キャンプ場の駐車場を見下ろす階段の上に立っていて、そして駐車場に入ってくる1台のバイクを見つけた。それは88年式の白いFZR400でコブラの集合マフラーをつけていた。

「あれ…」

FZR400は私のバイクの隣に停まった。しかし私のバイクはなぜかR1200GSアドベンチャーではなく90年式のホンダVFR400Rであった。それはかつて10代の頃に私が乗っていたバイクだ。

夢なのだ…。

FZR400の男は平レプリカのヘルメットを脱いで私に向かって何も言わず笑った。そいつは中学の時の大親友で高校1年の9月にこのFZR400で事故を起こしてこの世を去った。

 




 

夢なのでこのシーンの続きは断片的だけど、次のシーンにはそいつの姿を見失ってキャンプ場内を探し回っている自分がいた。ただ駐車場に停まっているFZR400だけはそこにあって、事故の翌日に見たアッパーカウルの削れたような傷が、そのFZR400にも確かに付いていた。

次の瞬間、人の笑い声で目が覚めた。お隣の会話がお酒も入ってだいぶ盛り上がっている様子だ。耳栓も持っていたが不思議と4人の会話を聞きながらまどろむのが心地よく感じたので耳栓はしなかった。

「好きって言っちゃいなさいよ~」を英語にしたような会話で笑い声と食器の音が聞こえてきたり、急にしんみりした会話になったり、お母さんが突然に日本語で「それは寂しいわね…」なんて言ったり。

そして「親友が亡くなるのはほんと辛かったです」という女性の言葉を聞いて自分がいま見た夢と同調した気がした。

そんな会話を子守歌にしながら、夕景撮影の出発時間までシェラフの中でウトウトを繰り返していた。

まだつい数週間前の出来事だけど、この稚内森林公園キャンプ場で昼寝したことは一生忘れないだろうと思う。

旅の記憶として焼き付いたのだ。

 




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想い出のお昼寝<私の旅>ツーリング写真

イグニッションキーをOFFにしてボクサーエンジンの鼓動を停止させると、その空間は驚くほど「シーン」と静まり返っていた。

旭川空港の南に位置する西神楽のエリアは道央らしい風景の隠れた撮影スポットだった。どこにも観光地っぽさがなく、ひたすら農道と長閑な風景が続いていて大好きな場所だ。

長旅の後半で疲労が溜まっていたのか、眠気にも似た倦怠感が全身を襲い始めていた。R1200GS ADVENTUREを停めた道は小さな舗装農道で、その先は行き止まり。車1台、人1人も通行しない「迷い込んでしまった」というのが相応しい忘れられた空間だった。

道端の花と遠景に滑走路が見えたので、得意の望遠レンズでその花を撮ってみた。プレビューすると、なんかモノ足りなかった。やっぱり滑走路があるなら飛行機が欲しいよね。そう独り言をつぶいやいて、文明の利器であるiphoneで空港のダイヤを調べたら30分後に羽田行きがあった。

ちょうど疲れて気分もイマイチだったので、ジャケットを脱いでアスファルトに敷き、その上に寝転んで離陸の時間まで昼寝することにした。北海道といえ日差しが強くて熟睡はできなかったが、まどろみ休息には十分だった。

やがて静寂だったと感じたあたりは「パタパタパタパタ・・・」「ガサガサガサ・・・」「ジジジ・・・ジジジ・・・」といった具合に虫や鳥たちの音でやたらに賑やかに感じた。

左腕のCASIO PROTREKに目をやると、ちょうど羽田行きの飛行機が飛び立つ時間だった。

名も無い花と名も無い道での「想い出のいちまい」だ。

EOS1Dx + SIGMA150-600mmF5.6-6.3DG F13 1/200 ISO160 600mm

2017年8月15日撮影




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