ツーリング写真としての【いい写真】とは?




EOS6D Mark2

いい写真とはどのような写真だろう?

ツーリング写真としての【いい写真】とは何だ?

いつもついてまわるこの永遠のテーマ。

少し前までいい写真とは撮った本人が「いい」と思える写真であり、見る側は主観的に決めるもの・・・と考えていました。

最近はすこし考えが変わってきて見る人がどう感じてもらえるかはさして重要ではないのでは・・・とも思います。

今の時点ではいい写真とは人間性で撮ったものではないだろうか・・・と考えるようになりました。

人間性、人となり、らしさ、それらがしっかり在る上でその人の心が作品の中になんらかのカタチで表現されていれば、素晴らしいのではないでしょうか。

これって簡単なことのようでなかなか出来ないものです。どうしても雑念、先入観、良く見せようという欲望、などが邪魔をして心の動きだけをシンプルかつストレートに表現するのは難しいです。

心のノイズを取り払って情景や被写体に向かい合うこと、どのような心をもって感情に従順に表現するか、こういったことを今後は学んでいきたいですね。




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デジタル写真時代に与えられた自由表現

EOS6D Mark2

デジタル写真とはフィルム写真と比較して趣こそ失われたかもしれませんが、やはり便利なことが圧倒的に多いものです。その場で画像をチェックできること、フィルム代や現像代がなく経済的であること、ホワイトバランスやISO感度をいつでも自在に変更できること…など数えたらキリがありません。

その中の一つとしてフォトレタッチがあります。フォトレタッチは実はフィルム時代から存在はしていましたが広告写真や一部のARTなど主にプロユースの仕事でした。それがデジタル写真時代を迎えフォトレタッチソフトが登場したことで一般に普及したのです。




フォトレタッチの難しい面は作者の表現の手段、あるいはイメージの再現として用いいるのが本来ですが、必ずしもそういった使われ方ではないことです。というのはかつて写真に見識の浅い人までもが無料レタッチソフトを乱用して画像破壊をしていた時代があったからです。そのイメージがあまりに悪かったので「レタッチは悪である」という間違った解釈が広まってしまいました。

先ほども書いた通り、レタッチは表現の手段、イメージの再現として使っていればこれほど有難いものはありません。何しろAI技術がすすんだ現代でさえも撮影者の意図の通りにカメラはJPEG画像を生成してくれないのですから。

そもそも全てのデジタルカメラは撮像素子から送られてきたRGB情報の集合体(RAW)に対して内部のCPUでレタッチ処理をしてからJPEG画像へと処理しているのです。ですからレタッチとはカメラに任せるか自分でやるかの違いなのですね。

注意点は一つだけ。写真を良く見せようと盛ってしまえば醜いものに崩れ行くのがデジタル画像というものです。ここだけ気を付けておけば加工や合成でさえも、表現の幅と言う意味で大いに結構なのではと感じます。




上の作品はこの時期らしいアガパンサスのある風景ですがフォトレタッチのHSL機能を使用して緑の彩度を抜きました。この意図はR1200GSのライトブルーメタリックとアガパンサスの淡い紫が相性が良いことに気が付きそれを表現したかったことです。ヘルメットを分かりやすい位置に置くことでカメラの側はこのバイクのライダーであると予感させる想像誘導型のツーリング写真です。

こんな邪道なことをして…というご意見は真摯に受けたいと思います。しかし、実はデジタル写真というのは元々、緑色だけがやたら彩度が豊かであり、レタッチなどしなくても撮ったままの画像の緑がやたら鮮やかなものです。そこでフィルムっぽい写真がお好みの方にお勧めなのは緑の彩度を少々抜いてしまうことです。まあ…今回の極端ですけどね。

レタッチは自分の場合はこうなんです、と信念のもとで堂々と行えば仮に他人に何か言われようと全く気にならないものです。もし写真を良く見せようと後から盛った写真であれば、欲望に負けた自分の存在を指摘されたことになります。そのような嫌な思いをしないためにも確固たる信念をもってイメージの再現、表現の手段としてフォトレタッチを使いましょう。せっかくのデジタルなのですからね。




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どんなに学んでも身に付かないもの

EOS1Dx + SIGMA150-600F5-6.3DG

例えば日の丸構図は作品の主題を分かりやすく伝えるのに有効ですとか、日没後の夕景であれば露出補正をマイナスにすると雰囲気が出るとか、言葉で伝えられることは学ぶのも分かりやすいものです。

一方でどう説明しても伝わらない部分というのもあります。それは感覚です。目の前の風景や被写体が写真になったらどうなるのか?をイメージできる感覚。被写体の大きさや距離など空間を認識する感覚。空間を認識したら画角別にそれがどのように写るかの感覚。どれくらい動けば被写体の位置関係がどのように変化していくかの感覚・・・まだまだありますが、写真の世界では教本をいくら読んでも身に付かない感覚の部分は多くあるものです。




例えばゴルフやピアノをはじめたいとなったとき、良き先生のもとで指導を受けるのは大切なことですが、それ以上に大切なことはたくさん練習することですよね。泳いだことのない人に泳ぎ方を説明してすぐに泳げるはずはありません。壁に当たっているアスリートは練習量をさらに増やしたりします。感覚とは気の遠くなるような反復練習によって身体的に覚える部分でもあります。

南房総から望む冬の富士山が東京湾にうかんでいる。富士山は大きいけど距離は遠い。手前に岩場、地面には褐色の草地。その間に紺碧の海面があったとします。そして沖合5000m付近に巨大なLNGタンカー。さあ、ここで写真を撮りたいぞ、となったとき最初に何をしたら良いと思いますか?

知識だけで感覚を持ち合わせていなければ「こんな風に撮りたい」というイメージも作れないし、何mmのレンズを選んで良いのかも分からない。つまり撮影現場で何から始めて良いのか分からず途方に暮れてしまうのです。




目の前の空間がどうなっているのかを認識する空間認識の感覚。そしてこう撮りたいとイメージする感覚。最低でもこの2つをもってして始めないことには、他の知識を身に付けても応用はできません。

この大きさのトンネルをこの距離関係でこんな風に撮りたい、という感覚。この明るさでトンネル内の暗い部分との光量差をダイナミックレンジに収めて構図を作るには?どの辺までをトンネルとし露出はどの程度か?といった感覚。

感覚ばかりは教えてと言われても教えることは不可能です。まずは50mmまたは35mmあたりの固定された画角を使ってたくさんの写真を撮り、こんな場合はこう撮れるという経験をたくさん積み重ねていきましょう。その中には失敗もたくさん含まれると思いますが、それは検証さえできれば無意味な写真ではありません。繰り返しになりますが、まずはその風景が写真になったらどうなるのか?想像できる感覚を少しづつ養っていきましょう。

途方もないほどの数の写真を撮っていくと、気が付くとあらゆる感覚は自然と身に付きます。すると不思議なことに以前であれば「分からないから試しに撮ってみる」だったのが「こう撮れるはずだ」というイメージを作れるようになり、それは言ってみれば【写真の完成予想図】なので、次に何をすれば良いのかが明確になるのです。

だから写真ビギナーの間は意識して毎日のようにたくさんの写真を撮ることがお勧めなのです。




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写真を撮ることの原点に戻ろう

私たち現代人にとって写真を撮るという行為はあまりに当たり前すぎて、その不思議さを再考する機会すら無いように感じます。

ましてや若い世代の人にとってはデジタルカメラしか見たことがない、となるとなおの事です。デジタルカメラに限らず多くのデジタル製品がそうですが、見ただけではその仕組みが理解できず、どうしてそうなるのか?ハイテク過ぎて考えることさえ放棄したくなります。その点、フィルムカメラは誰にでも仕組みが理解しやすいので、一枚の写真が撮れることをそのプロセスと共に楽しむことができます。




いまここで改めて写真が撮れる不思議、素晴らしさを深堀りしてみませんか?私たち人間はこの地球上(もしくは地球から近い宇宙)に存在している訳ですが、共通しているのは三次元の空間があること、一定の時間が流れていることの二つ。つまり全ての人類は時空をみな等しく生き抜いている訳ですね。ここで森羅万象について書くつもりはありませんが、写真とはこの時空を二次元の静止画にすることです。

写真は撮ったその瞬間から過去であり、それがそこに存在していた証、旅写真であれば撮った人がそこにやってきた証であります。古いほど撮った本人、あるいは撮られた人やものにとって尊いものになると感じます。よく写真をやっていると「ただの記念写真みたいに撮るな」みたいな話を聞きますが、結局のところ写真はアーティーであれドキュメンタリーであれ全て記念写真なのかもしれません。

ところでオートバイで走るのはなぜにあんなに気持ちの良いものなのでしょうか。オートバイに限らず例えば自転車で緩やかな坂を下ったり、スキーで朝一のバーンを滑降すると気持ちの良いものです。幼い子供ですらブランコやそり遊びに夢中になるものですよね。これが車や新幹線では感じることができません。

肉体が空間に露出していて空気を受けて駆け抜けることに爽快感を感じるのはなぜでしょう。そこに紛れもなく三次元空間が存在していることを感じ取れるからでしょうか?




ツーリング写真とは私の個人的な考えですが三つの要素が折り重なったものと感じます。一つは写真とすることで時間を切り取ること、二つ目はオートバイに乗って空間を駆け抜けてきたこと、三つ目は人類に本能的に存在しているはずの旅精神です。【時間】【空間】【旅】これらがどう関係を持っているのかは今後の研究課題ですが、少なくとも言えるのはこれだけのものが詰まっているからツーリング写真はユニークであるということ。今はただツーリングに行って綺麗な景色を見たから愛車と一緒に記念写真を撮りたい…そんな人が大半だと思いますが、これからは少しづつ変わっていくのでは?と思います。

幼い子供の頃、カメラを手にしてはじめて写真を撮ったときの喜び、はじめてバイクに乗った時のワクワク感、はじめてツーリングに出たときの感動、そういった原点を掘り起こすことで何か新しいものが見えてくる気がします。私たちは気が付くと大衆的な写真文化の波にのまれてしまい、立派な写真を撮ってやろう、コンテストに入賞してやろう…と他者との比較に走ってしまいがちですが、いちどリセットするように自分の世界だけで写真を楽しんでみましょう。

写真を撮ることって純粋に楽しくてエキサイティングなのだと思います。ましてやバイクツーリングと一緒にやるのですから・・・




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写真上達の大まかなステップ

EOS6D Mark2 + EF135mmF2

これから写真をはじめようという写真ビギナーの方にとって、この日本では実に紛らわしい雑音的な情報が溢れていると感じます。

まず雑音の一つ目はカメラやレンズのテクノロジーです。何しろ日本は世界に誇るカメラメーカー大国ですから、人々の関心の対象は最新型のカメラや高級なレンズにいきがちです。カメラの性能は写真と全く無関係とは言い切れませんが、貴方の「いい写真を撮りたい」という願望を叶えるファクターは99%が【人】であり1%がカメラ、レンズであると、これくらいに考えるのが丁度良いと思います。




二つ目は一般的な写真文化です。いま流行している写真の特徴とでもいいましょうか。現代であれば主にSNSで発表されている写真…いや画像です。ある著名な写真家は写真とはプリントされてフィニュッシュであると仰るので、デジタル上で公開されている写真はまだ未完成の状態で【画像】なのだそうです。で、SNSなどで流行している写真なのですが決して否定すべきものではありませんが、特徴としては目立つもの、驚かせるもの、立派に見えるものが多いように感じます。これらは写真というARTに見識のない老若男女にも理解しやすい表現なので流行になっていると感じます。

最新のカメラが発売されたら必ず買い替える人、SNSで流行している写真と同じ写真を撮ろうとする人、もちろん自由なのですがこれを繰り返していると飽きがきて、やがて写真を撮ることをやめてしまうでしょう。写真の本当の素晴らしさは個人の表現なので、それと対極的な流行の表現をしては【やり甲斐】すら感じませんから。

EOS6D Mark2

とはいっても写真ビギナーの方にとっていきなり個人の表現をしろと言われても無理な話ですよね。ものごとには順序があるものです。免許を取ってはじめてバイクに乗る人がBMW HP4やMVアグスタ F4あるいはハーレーのロードキングに乗るんだ・・・となったらオカしなことになりますよね。

はじめてカメラを手にした日から個人的な表現ができる写真家(プロ、アマ問わず写真をライフスタイルに生きる人)になるまで、大まかに2ステップと考えてみましょう。




最初のステップは一般によく聞くカメラ操作の基礎、撮影技法の基本を身に付けることです。それから一般的なスナップ、風景、ポートレイトといった写真知識も覚えましょう。カメラの構え方、光と露出、画角、三分割構図などの基本、それから忘れてはいけないのが風景なら自然や気象現象に対する知識、ポートレートなら自然な表情をえるためのノウハウなど、被写体への知識も忘れずに勉強します。この段階では「他の人はどう撮っているのだろう」と他人の作品を参考にするのは大いに良い事だと思います。

2つ目のステップは一通りの技術や知識をつけ、経験も積んで被写体へ一定の理解を深めたら「自分の場合はこうです」という個性を出せるよう何か工夫をしてみましょう。写真に正解はないと言われる領域はここから始まり、他の人はどう撮っているか?はもう関係ありません。あなたの自由なのです。自由とは模範やルールが何もなく白紙の状態からブランニューを生み出すことです。お手本なしに自分で考える、自分で生み出す苦しみと快楽を味わってみましょう。

EOS6D Mark2

…苦しみと快楽。そう「自分で考える」とは言うほど簡単ではなく多くの人は私も含めて自由を与えられると迷ってしまい、つい情報に頼ってしまいそうになります。そこをこらえて普段は出番の少ない脳のクリエイティブ回路を起動するのです。検索エンジンは使わないのです。考えるのは楽しくもあり苦しいこと。「あっこれだ」とピンときた表現が見つかれば、それは何にも代えがたい喜びに変わります。それはきっと新しいカメラを買った時の嬉しさをはるかに上回るはずです。

その写真が大きくプリントするほどの作品として成立すれば尚の事うれしいものです。額装して眺めれば満足感は高まり「また撮ろう」という次へのモチベーションにもつながります。写真が飽きてやめてしまった…なんていう事態にはなりません。




3ステップ目以降もきっとあるのでしょうけど、それは私も未体験ゾーンなのでこの場では何も書けません。これからどうなるのか楽しみではありますが、3ステップ目を経験したらいつか書いてみたいと思います。

繰り返しになりますが写真の素晴らしさは個人の自由な発表であることです。「私の場合はこうです」と先ほど書きましたが、流行写真を追っている一般写真文化の人々に向けるのであれば「みなさん方の場合は【映え】のようですが私は少々地味でもこうなんです」といった感じです。

ぜひ意識してみてくださいね。

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究極のツーリング写真よりお知らせ☆ブログの趣旨を少し変えます

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、いつも当ブログを見ていただき本当にありがとうございます。2017年の開設当初からずっと見ている方、最近になって偶然みつけてブックマークして頂いた方、よく分からんけどつい見ちゃう…という方も、こんな読みにくい一風変わったモトブログを見ていただきて本当に感謝です。

さて件名にも書きましたが読者の皆さまにお知らせでございます。今まで究極のツーリング写真ではバイク写真、ツーリング写真に関わるあらゆる事を書いてきました。主に撮り方などのノウハウを重点的に記事にしてきましたが、ここで少しだけブログの趣旨を変えてみたいと思います。




バイクツーリングの魅力を伝える【ツーリング写真】。そのことについて語るツーリング写真の専門ブログであることは変わりありませんが、撮り方のノウハウを詳細に解説するのは終わりにして、もう少しツーリング写真の世界を再考し、皆さんでツーリング写真という文化を育むにはどうしたら良いか?を考える内容にしたいと思います。あまり【撮り方】というのに固執するのも、そもそも当ブログの趣旨とは違いますので。究極のツーリング写真の熱心な読者の方でしたらご存じだと思いますが、写真は撮り方が全てではないですからね。

これから変わる新たな究極のツーリング写真… 具体的にはツーリング写真における精神論的な話や私の経験などを交えた旅と心象風景のお話を書いていこうかと思います。例えば以前にも何度か書いてきましたがツーリングに行くと写真を撮った時のことが深く記憶に残っていて、写真を撮らなかった風景は忘れてしまう…それは不思議ですよね…といった感じのお話です。

とはいえブログですのでなるべく読者の皆さまに共感や役立つ情報、美しい作品、たまに笑いを提供できるような内容を目指したいと思います。笑いを提供できる…とは排気量を聞いてくる高齢紳士が登場するツーリング小説などです。




…このブログを3年半書いてきて、誰より勉強になったなと感じているのは実は私自身だったりします。よく知っていると思っていることも、いざ人に説明しようと思うと理解していない部分があったりして…。そこで教科書のようなものを作ることで自分の中の曖昧さや完全ではなかった知識を正すことができるものです。教えるは教わるの法則ですね。

ノウハウは通常は秘密にするものかもしれません。しかし思考回路はコンピューターのメモリみたいに容量に限りがあります。自分の愛すべきノウハウ、アイデアを思考の中で愛しむだけでは進歩がないのです。他人に無償提供することなど気にせずノウハウやアイデアはアウトプットしてしまうことで、脳内のメモリに空き容量が確保され、そこで次なるノウハウを構築するクリエイティブな作業ができるものです。

それに自分のもっているノウハウやアイデアなんて実は大したものではない、というのもあります。誰だって自分が考え付いたものや、とっておきのアイデアは愛しいものですし人に言いたくないもの。しかしその心理と逆のことをすることで次なる世界が見えてくると信じます。

今までは細かすぎた内容でしたが、今後はもっとシンプルで読みやすいブログを目指したいと思います。なお写真に関わるノウハウの解説については今後はストアカの方で写真教室、写真ワークショップで展開していきたいと思います。ストアカの写真教室の記念すべき第一弾は5月に実施しましたが、今後の予定はバイク写真、ツーリング写真の内容に特化したスペシャルなものを作りたい!と思っております。

今はオリンピックの関係で仕事の方が多忙なので秋くらいを目途にストアカは活動を本格化したいと思います。

今後もよろしくお願い致します。

令和三年 七月  立澤重良




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撮影スポットについて

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、夏のツーリングの準備は万端ですか?コロナ渦の自粛でツーリングどころではない?自粛することも素晴らしいですが感染対策を万全にしていればバイクツーリングは悪い事ではないと思います。

行動の自粛、ワクチン接種ばかりが取り沙汰されていますがウイルスに負けない丈夫な体を作ることも同じくらい大事だと思います。ウイルスに負けないよう免疫力を上げるには太陽光を浴びること、肉、魚、卵、ヨーグルトや納豆などの発酵食品をバランスよく食べる、緑茶、ココア、赤ワインなどの抗酸化物質のある飲料を飲み腸内環境を整える…などがあるそうです。

自粛自粛と言って家に引きこもっては逆に不健康になってウイルスに弱い体になってしまいかねないですね。お弁当持参のソロツーリングで普段以上に安全運転を心がけていけばツーリングは太陽光によく当たりますし健康的だと言えるのです。バイク乗りはバイクに乗りたい時に我慢を強いられると自律神経がイカれてくるので、むしろコロナ渦だからこそバイクに乗った方が良いです!





さて今回は久しぶりに写真独り言を綴ってみたいと思います。

今回はツーリング写真の話題ではありません。人気の【撮影スポット】について書いてみたいとおもいます。この写真は東京都中央区にある晴海客船ターミナルのオブジェ「風媒銀乱」です。池の中に鎮座するこのステンレス製キューブのオブジェは風にゆられて回転することから別名「風のオブジェ」とも呼ばれていました。レインボーブリッジを背景に美しい東京の夜景に映える撮影スポットです。

雑誌などに何度か取り上げられて人気となったので近年では週末に多くのカメラマンが押し寄せて撮影を楽しまれています。上の写真のように風媒銀乱とレインボーブリッジが重なって見えるポイントは決まっていますので、夕方前から三脚を置いて場所取りをしているくらいですね。中には新幹線に乗って遠方から来られた、という方もお見受けしました。

私はこの近くで働いているので、休憩時間にたまにコンデジで撮ることがあります。毎日のようにいるので夕陽が特別美しい時や無風で水鏡になる時など、条件の良いときを狙って撮ります。

この景色、確かに素敵なのですが多くの人がこの写真を撮っています。これ、撮り尽くされた被写体と呼びますがある問題が発生するのです。それは誰かが最初に撮った写真をお手本に多くの人が同じように撮り始めてしまう現象です。試しにInstagramでハッシュタグを付けて風媒銀乱とポストしてみます。そのタグを見るとたくさんの風媒銀乱がヒットするのですが、どれも同じような写真ばかりでどれが自分の撮った写真かパッと見ただけでは見つけられないのです。





もちろん中には個性的なものもありますが8割くらいは同じアングルで撮られたもの。つまりみんなで同じ写真を撮っているのです。これでは何だか…ですよね。有名な撮影スポットほどこのような現象が起こりやすいものです。例えば私の地元である房総半島ですと袖ケ浦にある千葉フォルニア、君津市の農溝の滝、富津市の燈籠坂大師の切り通しトンネルなどがそうです。

ネットで情報を収集しているとつい人気のスポットが気になってしまいますよね。私も南房総のマニアックな町中華とか寂れたラーメン屋さんとかよく検索しています。しかし気が付くと自分の好きなものを探したり考えりすることを忘れがちです。ツーリングも予定調和も悪くありませんが事前情報なしで探検気分で走ると楽しいですよね。時には事前情報はナシに自分の直感を頼りに行動するのも良いものです。

撮影スポットも有名な場所だけに拘り過ぎると【みんなが撮っている写真と同じ写真】を撮る羽目になりかねません。もちろんそういった場所でも素晴らしい写真は撮れるのですが個性的な写真となるとハードルが上がります。そういう意味で有名な撮影スポットというのは難しいのです。

今回はこの辺で!!




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旅の記憶風景とツーリング写真

「想い出はモノクローム」なんて大瀧詠一の歌がありますが、最近になってカバーされてテレビCMになっていますよね。人の記憶に存在する風景とはモノクローム写真のように明瞭さがなくぼんやりとしたものです。

旅の記憶は古いほど詳細は薄れゆき、印象深く刻まれた部分だけが残されていきます。そこまで辿り着いた経緯や交わした言葉などは消え、脳内に風景のカケラが散らばっているような感じ…それが記憶風景というものと考えます。

興味深いのはその旅のメインとなる風景は忘れてしまっても、フェリー乗り場で見たたくさんのウミネコや雨宿りに使った東屋の様子など、何気ない瞬間の風景が深く記憶に残ったりすること。これには共感してもらえる人も多いと思います。




記憶風景、または心象風景。

あの時は楽しかった、自分は輝いていた…そんな風に過去は美しいものに少しづつ変化するものだと思います。

尊い部分だけを抽出するように記憶回路に保存し、時間の経過とともにそれを美しく磨いている。意識しなくても多くの人は過去の記憶風景を何度も回想し、美しい状態で保存しているのではないでしょうか。

そんな無意識に美化して保存された旅風景の断片とは、その旅で最もプライベート感を感じた瞬間なのだと思います。プライベート感…簡単に言ってしまえば一人旅で自分の内面と向き合っているような時間。その時に見た風景が深く記憶に刻まれるのかもしれません。

そんな美しくも尊い、それでいてどこか儚い記憶風景を写真で表現するにはどうしたら良いでしょう?写真は今、目の前にある現実を撮るのですがいつか遠い未来に「あの時こうだった」と想いを馳せる一枚の写真を撮るには…




想い出は明瞭な風景ではなくモノクロームのようにぼんやりしているのですから高画質にこだわる必要はありません。最新のカメラや高級なレンズを用意する必要もなさそうです。

難しいのは【今その瞬間を切り取る瞬間アート】である写真が、遠い将来に尊いと思える心象風景として魅せるという矛盾点。きっとこの部分だけが記憶に保存されて磨かれていく…と予測を立てて目の前の風景からソレを抽出するように撮るのがポイントでしょうか。その時のキーワードは「旅のプライベート感」です。

よく人から「写真ばかりを撮っていてツーリングを楽しんでいないのでは?」といったことを言われます。直接そのように言われなくても遠回しにそういった意味と受け取れるコメントですね。もちろんツーリングは楽しんでいます。何より大切にしたいのはいつか旅のことを回想する時に記憶から消えてしまわないよう残しておくこと。

「あの時、こうだったな」と一枚の写真で思い出せる。それがARTと呼べる美しいもの(美しくなくても良いですが)で、他の誰かに良い影響を与えるものであれば尚素敵ではありませんか。

あの日、あの時、あの場所で情熱を破裂させるように写真を撮った。だからこそ記憶に焼かれたツーリングのワンシーン。そんな写真スタイルをこれからは確固たるものとして築いていきたいです。




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ところで「いい写真」ってどんな写真???

EOS6D Mark2 + EF135mmF2L

「いい写真を撮りたい」これはカメラを手にする全ての人の共通の願いですね。

でもいい写真って誰がどう決めるの??いい写真の定義ってあるの?

一枚のプリントがオークションで高額で取引されるようなART写真界であれば、キュレーターやコレクターがその価値を決めてくれます。しかしARTといえど資本主義社会なので「いい写真」を絶対値で評価するのはやはり金額です。

一般写真界にはそのような絶対値で評価できる基準は何もありません。いつも撮る人、見る人が主観的にいい写真を決めているのが現状です。

一般写真界における「いい写真」とは何だろう?

ある人は「撮った自分が【いい】と思った写真がいい写真である…」と言いました。

なるほど、これは確かにいい写真における絶対条件と言えそうです。

自分がいいと思わない写真を撮って、それが好評を博したとしても

それは偽りの表現となります。誰だって自分に嘘はつきたくないですからね。

撮った自分がいいと思った写真であること…でもコレって当たり前過ぎると思いませんか。

こういった意見が存在している…ということは自分でいい写真だと思わない写真を撮っている人が多いことを意味しているのでしょうか。何だか寂しいですね…

それ以外に何かないでしょうか?

見る人の趣味趣向に合致していること。

これも少なからずあると思います。例えば風景写真であれば風景写真の愛好家に見てもらう、といった具合にジャンル別に発表する場を選べば「いい写真」は成立しやすいです。

夕陽に焼ける富士山、美瑛の丘にかかる虹、美しい女性、可愛い子猫…これら多くの人に受け入れやすい被写体であれば、誰に見せても評価される写真になります。一方でオートバイが写った写真をオートバイに対して良いイメージを持っていない人に見せれば良くは思わないでしょう…

写真に対する見識の深さについても作者と観賞者のレベルが合致していれば「いい写真ですね」という評価を得やすいものです。高度なARTとしての抽象的な作品を写真の見識の浅い人に見せても理解不能なものです。

「いい写真」であるか否かは見せる相手によって変わるものと言えそうですね。




世の中には実に多くの人が多種多様な解釈のもとで写真文化に触れています。

流行のものを追いかけたりカメラというテクノロジーの進化に関心を寄せたり。収入を得るための商用写真。ドキュメンタリーとして社会問題を提起するもの。記憶にとどめる目的で人生の大切な瞬間を記録するもの。本当にいろいろあります。

一枚の写真を自身の表現であると信念をもって挑むのであれば、これら一般に普及している写真文化の全てを対象に発表するのは如何なモノでしょうか?

RICOH GR

分かる人にだけ見てもらえればいい…発表の場を慎重に選ぶこと。

私の場合は最近それでもいいと思うようになりました。むしろSNSで「いいね」をもらうような薄っぺらい評価を何百何千ともらうより、一人の人に心から共感してもらえた方が嬉しいです。

多くの人から「いい写真ですね」と評価されれば誰だって悪い気はしないですし、できればいつもそうでありたいと思うものです。しかしその欲望は宗教的に言うと煩悩のようなものかもしれません。

万人ウケはもうやめよう…という少しの勇気があれば簡単。そろそろ目覚めよう。

みんなと一緒の写真、大衆的な写真文化、カメラというテクノロジー・・・これらに塗れるのは退屈だよ…ほんとうにみんなが目指したいのはソコじゃないでしょ??

まずは試しに好奇心だけを頼りに奇妙な一枚を撮ってみようではないか。

案外それが「いい写真」なのかもしれませんね・・・




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デジタル時代の写真文化

インターネットが普及して久しい現代の情報とは20年前の約500倍もあるそうです。その昔はテレビ、新聞、雑誌などが主な情報源であり個人間の口コミなどは人脈があってこそで、リアルに人と接しなければ口コミ情報は得られないものでした。

昔は人々がもっていた情報源は限られていて、足りない物は自ら行動して試すか、情報が集約されている場所へ出向くしかありませんでした。

私が子供の頃、ラジコンのレースに参加していたのですが、レース用の速いセッティングを出すにはどうしたら良いか?小学生の自分には分かりませんでした。説明書通りに組み立てても無難な性能しか出ませんし、むやみにモーターなどをアフター品に交換するとサスペンションやタイヤがパワーに負けてバランスが悪くなったものです。

バランスが良くて速い仕様にするにはどうするのか?専門誌にも書いていなかったので秋葉原の有名店に出向いて店員さんに聞いたり、サーキットへ行って大会で入賞している選手に聞いたりしたものです。

今ではインターネットで検索したり、動画サイトで調べれば知りたかった情報は容易かつ詳細に手に入ります。それどころか幾つもの情報を得て、それぞれ比較して信憑性の高い情報を選べるほどです。

先日、愛用のiphoneのバッテリーが寿命を迎えているようだったので、交換するための情報をネットで調べてみました。アップルにお願いすると高いですし近所にアップルストアもありません。調べると1万円程度でその場で交換してくれるお店が近所にあることが分かりました。さらに情報を検索するとAmazonで交換用工具などとセットになったアフターバッテリーが2500円程度で売っていることまで分かりました。しかも不安な作業方法はYoutubeで詳細に解説されているので安心です。

本当に世の中は便利になりました。




しかし…ここまで情報が大量に溢れていると良い事ばかりではありません。役立つ情報は積極的に活用したいですが、本来は自分で考えて決めるべきこと、ミステリアスな部分も楽しむような旅の情報などをネットで調べたら面白くもありません。

ネット上には中途半端な専門家を気取った個人が無責任に発信する情報、間違った内容、偏ったもの(このブログ)、何者かに操作されている情報、フェイクやデマもあるくらいです。そこで現代人に問われるのが情報を選別する能力と情報を一定で遮断することです。

自分の趣味や仕事に留まらず、生活の何から何までもインターネットで検索し有益な情報はどこにあるか?お得な情報はないか?他の皆はどうしているのか?と情報を集めるのはネット情報に依存し思考することを忘れた人・・・。

ネット情報依存の人が重症化すると「自分の好き」「自分の意志」を見失ってしまい好きな食べ物や好きな異性のタイプまでネットで調べてしまうでしょう。

つい最近、とあるバイク関係のSNSグループで「バイクの免許を取得してライダーデビューするのですがお勧めのバイクは何ですか?」と尋ねている人がいました。その回答の多くは「あなたがカッコいいと思ったバイクじゃない?」「乗りたい、欲しいと思ったバイクを自分で決めろ」といった内容でした。当然そうなりますよね…。

そのような人間にならないために「自分で考える力」「自分の意志」が衰えないよう、情報はある一定で遮断し自身で考えることが大切なのだそうですよ。

カメラがフィルム主流からデジタル主流へと移行した90年代。それは偶然にもインターネットの普及と同じタイミングでした。デジタルカメラ黎明期と言える90年代の後半。フィルムの代わりに小さなカードを差し込んでおけば、容量の許す限りたくさんのシャッターが切れるデジタルカメラ。

コンデジからデジイチまで売れに売れたデジタルカメラは家電メーカーまでもが市場に参入し業界は潤ったものです。デジタルカメラはその場で撮った画像に失敗はないかのチェックができ、カメラ初心者でも安心して使えるものでした。

メリットは他にもたくさんありフィルム代、現像代がないので経済的である、感度を自由に変更できる、ホワイトバランスの変更が自在、職人の仕事だったフォトレタッチが個人ユーザーでも可能に・・・。そして写真文化を劇的に変えたのがメールで画像を送信したりネットに簡単にアップできるといった撮った後の【画像】の使われ方です。デジタルカメラによって撮られたデジタル画像(プリントではない)はインターネット上で個人が公開できるようになり、これにより個人的なカメラユーザーが不特定多数に撮った写真を発表できる土壌が生まれました。




やがてブログ、SNSが台頭し写真の腕前を競い合うようにデジタル画像の見せっこがはじまりました。日本ではないような絶景、鮮やかな色彩、フィルムでは困難だった夜景や星空の写真、廃墟や工場などを対象としたモノ珍しい被写体。撮影技法を駆使したものからレタッチに力を入れたものなど。世界の写真文化はデジタル写真とインターネットによって過渡期を迎え変貌を遂げ、特にアマチュア写真文化は大きく変わりました。

いまデジタル写真文化は成熟期を迎えているようにも思えます。カメラを手にする全ての人の共通の願望が「いい写真が撮りたい」というもの。それを求めて多くの人がいま写真を撮っています。ジャンルやスタイルは多岐にわたり、大衆的な写真、商業的な写真、アートな写真、それぞれに主観的に決めらた「いい写真」が存在しています。そしてこれらのあらゆる写真が「画像」としてネット上に大量に溢れています。

時代は膨大な情報化社会と同じくして膨大な画像が消費される時代です。

私たちが憧れをいだく「いい写真」とは何でしょう。それは他の誰かが撮っているような大量に消費されゆく写真でしょうか。大量に撮られ大量に消費される画一化されたいい写真。そんな写真を撮っても何だか寂しいと思いませんか?

流行の写真を参考にしたり、お手本にならって写真を撮るのはビギナーの時だけで良いと思います。何年もやっているベテランならお手本など見ずオリジナルを追求してみましょう。

ネット上にある大量の情報から正しい情報を選別したり、時に情報を遮断するのと同じように、写真も世に大量に溢れている大衆的写真文化に染められないよう意識する必要があります。

それにはアートを意識することです。アート写真は個人の表現なので自分らしさ、自分ならではの作品が生み出せるよう意識を改革してみましょう。個性的なものを生み出せば反応は賛否あって当然だと思います。それがARTなのですからね。万人ウケ=大衆的写真と覚えましょう。

少しの勇気があれば貴方だけの個性作品を生み出すのはそれほど難しいことではないと思います。




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