究極のツーリング写真4周年&1000投稿目




EOS6D Mark2

今日はちょっといつもと違うことを書いてみようかと思います。

と言いますのも・・・本ブログ【究極のツーリング写真】は開設して4周年、そしてこの投稿が記念すべき1000投稿目となるからでございます。

4年前、究極のツーリング写真は「ツーリングのワンシーンを切り取る」をテーマに活動している私、立澤重良がツーリング写真に関わる様々なことを綴るブログとしてスタートしました。

バイク主体の写真でもない、ツーリングの記念写真でもない、風景の中にとけこむバイク旅のシーンを表現した写真ジャンル、それがツーリング写真。かつて鉄道写真が鉄道という車両にフォーカスされていた時代から、中井精也さんの「ゆる鉄」をきっかけに風景主体の鉄道写真が生まれたように、ツーリング写真はその名の通りバイクツーリングの世界を表現した写真ジャンルを目指しています。

今の段階ではメジャーな写真ジャンルではありませんが、例えば乗り物が完全EV化されて久しいほど遠い未来に、今の時代に撮ったツーリング写真を見れば内燃機関のオートバイで旅をしていた文化の貴重な記録でもあるし、それを芸術的に撮ったものであれば尚のこと価値が高いと想像します。




EOS6D Mark2

みなさんご存じのように新型コロナウイルスの世界的な猛威によって、世の中の様子が一変してしまいました。正に戦前戦後のようにコロナ後の世界とは時代が変わってしまう訳です。

どこかで聞いた話ではコロナ後の世界とは「風の時代」なのだそうです。それが何なのか抽象的すぎてよく分からないのですが、私が気が付いたある一つのことは…

ニュースにもなっていますが昨今は空前のバイクブームですよね。密を回避できる趣味でありコロナ渦のストレスから解放されたいとバイクデビューする人が急増しているのです。返り咲きのリターンライダーから女子ライダー。新たなバイク世代とバイク文化がいま誕生しているのです。

何に気が付いたのかと言うと・・・

風の時代ってバイクの時代ってこと?

と、いうことです。新たなバイク世代が新たなバイク文化を生み出す時代の変わり目が今なのではないでしょうか。新たなバイク文化とは…内燃機関のオートバイに乗って旅ができる残された少しの時間。この貴重な「今」を味わい尽くそう…と「ツーリング」が見直される時なのだと感じます。




EOS6D Mark2

ツーリングの魅力を見直す時代、であれば・・・これからニュージェネレーションに向けてツーリングの魅力を分かりやすく伝える何かが欲しいところ。そうツーリング写真です。

ツーリング写真は「見てツーリングの世界に誘われる」「自分もツーリングに行って撮る楽しみ」と、二度美味しい世界です。こんな素晴らしい楽しみが流行らないワケないよな・・・と私は勝手に思っているのですが、読者の皆さまはどう思われますか?

そんな新しいバイク文化の風に、私は遠慮せずに牽引役を担いたいと思っています。だから【究極のツーリング写真】はこれからもツーリング写真に関わる様々なことを発信していきますので、みなさま応援の方をよろしくお願い致します。

令和三年 十二月五日

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宝島社【趣味を極める!バイクの本】ツーリング雑誌に掲載されました




さて今回は少しだけ宣伝をさせていただきたいと思います。

この度、私立澤重良のツーリング写真作品が雑誌に掲載されることになりましたので告知させていただきます。

宝島社 Mono master特別編集【趣味を極める!バイクの本】

令和3年10月18日発売  690円

この本の中に南房総ツーリング、北海道ツーリングのページにおいて私のツーリング写真の作品が全33作品で紹介されています。

コロナ渦を受けて密を避ける趣味として注目された空前のバイクブーム・・・

中古車屋さんの在庫不足や新車でも人気モデルは品薄状態が続いていますよね。それだけバイクデビューする人が多いということですが、本誌ではそんなビギナーライダーにも優しいツーリングノウハウが書かれています。

広告も少なく充実の内容で690円という低価格です!

ぜひ書店でお手に取ってご覧くださいませ!

Amazon でのご購入は こちら 

 




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先入観を捨てて自由に写真を楽しもう




EOS6D Mark2

私たちは写真を楽しむ上で誰かの決めたルールのようなものに無意識に縛られてはいないでしょうか?

過去の誰かが撮った写真が頭の中に焼き付いていて、無意識に似たような写真を撮ろうとしていないでしょうか?

いまいちど改めて考えてみましょう。

お花はこう撮るべき、風景はこう撮るべき・・・といった雰囲気をまとった写真をみて、それをお手本のようにしていませんか。

個人的に写真を楽しむ上で撮影マナーのようなものはあるかもしれませんが、写真の内容自体にルールのようなものは存在しません。

誰かが決めた…いいえ誰もそのようなことは一言も言ってはいない写真のルールのようなもの。そのようなものに無意識に縛られないよう意識してみましょう。

上の作品はコスモスのお花を撮ったものですが、この場合はLightroomのHSL機能で緑の彩度を抜きました。これはいけないことだと思いますか?誰かにどのようなことを言われようと「私の場合はこうなんです」という確固たる信念のもと表現したのであれば、堂々とそれは貫くべきです。

私の場合はこう、という個人の表現。表現したかったイメージの世界。あるいは事実やリアルよりも抽象的なアートのように撮りたいというスタイルの問題。人ぞれぞれ自由なのです。

自由だから写真って遣り甲斐があるのだと思います。




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瞬間で魅せるか空間で魅せるか




写真をやっていてつくづく不思議だなと思うことがあります。

それは試し撮りで撮った写真や不注意でシャッターを押してしまった時に写る偶発的な写真です。

撮影者の意図とは関係なく写ってしまう景色。それは言ってみれば撮影者でもカメラでもない「写真が写真を撮った」瞬間とでもいいましょうか。意味不明と言われそうですが「これぞ写真だ」と思うような写真…という意味です。

緻密に計算された構図や比率、巧みな露出コントロールやそのほかの表現など撮影者の感性と経験、あるいはセンスや作家性などによって生まれた完璧に作られた写真は紛れもなく「人」の生み出したもの。

まるで本物がそこにあるような高精細な画質、ノイズの無い美しい星空の写真、圧倒的な画角による印象作品などはカメラ、レンズの性能や特徴が生み出したもの。つまりカメラが生み出した写真。

一方で上の作品のようなドキュメンタリータッチなものは一見すると構図や露出などは一切の配慮はなく、撮った意図でさえ荒唐無稽にも見える写真は瞬間を切り取るアートであることを強く感じさせます。

瞬間… この瞬間というワードほど写真にとって重要なものはないのではないでしょうか。かつてアンリカルティエ・ブレッソンが「決定的瞬間」という言葉をはじめて使ったとき、きっと写真とは瞬間であると強く感じたのだと思います。

私たちのいる世界は常に一定の時間が流れている三次元の空間。これを二次元の瞬間にするのが写真であり、その中に何を写し込むのかが「いい写真」が生まれるためのヒントなのではないでしょうか。

つい溢れる情報に惑わされて優れた撮影技法、高性能なカメラ、話題の撮影スポットに関心が行きがちですが、いちど冷静になって再考してみましょう。写真とは「瞬間」で魅せるか「空間」で魅せるか?ということに。

明日から貴方の写真が変わるかもしれません。




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風景写真をあらためて考えてみる




EOS6D Mark2

ツーリング写真とは写真ジャンルでいう風景写真が基本となっています。風景の中をツーリングしているのですから当然ではありますが。では風景写真とは何か?ということをあらためて考察して書いてみたいと思います。

山や海などの自然地形の風景、夕陽や虹などの自然現象、町並みや工場などの風景、人の営みを感じる情緒風景、まだまだありますが風景写真とはありのままの様子を受けて、作者の感じたことを切り取った写真とでも言いましょうか。「ありのままの様子」と書いたのはスタジオや舞台のように撮影のために作り込まれた様子ではないということです。

ツーリングをしていると出会いが最大の楽しみであります。それは風景、人、自然現象、野生動物でも良いですがとにかく予期せぬ出会いに感動をもらうと「旅は良い、またいつか旅にでよう」と思うものですよね。では、そういった風景などとの出会いを写真作品として表現するにはどうしたら良いでしょうか。




大きく分けて二つ。一つ目は予定調和型の風景写真です。例えば天の川の写真が撮りたいとなったとき、月齢や天気、方角や時間帯を予め綿密に調べて撮影に挑むものです。きっとこうなるであろう、と予定を立てて準備していどむ予定調和型の風景写真は作品にインパクトを与えてくれます。

二つ目は受け皿型です。旅をしている時間を大切に、その過程で出会った風景を受け入れるように撮る受け皿型の風景写真は前述の予定調和型とは対照的です。大切なのは撮影準備ではなく気持ちです。バイクに乗っているとその気持ちよさからアドレナリンやドーパミンなど快楽系報酬物質が脳内に発生しますが、そういった興奮状態よりもセロトニンなどの癒し系報酬物質の出たリラックス状態を作ることを心がけます。それによって生まれた作品は旅のリアル、出会いの素晴らしさが伝わる写真になるのではないでしょうか。

思いがけない絶景に出会ったり、予想もしなかった嬉しいハプニングというのは決して珍しくはありません。奇跡を信じている人ほどそういったシャッターチャンスに恵まれているとも感じます。

何しろ相手は自然であったり既にそこに在るものを撮るのですから、自身では被写体側をどうこう調整することができません。いま目の前にある様子を自身の感受性、経験、表現力などを用いて作品を作るのです。そこに例えば鳥がやってきたら一緒に撮ってあげようと思うか邪魔だからいなくなるのを待とうとするかは自由です。

よく同じ場所でも同じ風景は二度とないと言います。一期一会の風景を大切に旅するように写真を撮りたいものです。




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たとえ美しくなくとも自分の世界をつくる




EOS6D mark2 + EF135mmF2L

バイクに乗って一人旅をしていると、何となくここ入ってみよう…とふと気になった小径に入ることがあります。

その先に何かがある気がする。ただの直感ですが多くの場合で何かしらの出会いが待っています。しかし・・・それは必ずしも美しいものではないかもしれません。

「自分を呼んだような気がする」

そこに確かに惹きつけられる被写体や情景があって、そんな出会いがあると嬉しくて写欲に従順になるものです。そういったケースでは構図だの露出だの魅せ方はさほど重要ではなく、どちらかと言うと対等して無心にシャッターを切るのみ、という感じです。

写真を通して承認欲求を満たそうとすると立派な写真、美しい被写体を必死に追ってしまうものです。一方で自身の内面に向き合って自分にとっての写真とは何かを追求すれば、競い合うように写真を撮らなくて済むものです。

本当は多くの人は自分らしい写真を望んでいるはずなのですが…流行とは恐ろしいもので【みなもこういった美しい写真を撮れ】という雰囲気の写真が乱立しているものです。もちろん美しい写真や立派な写真を撮ることは決して悪いことではありませんが・・・

自身の選択は慎重にしたいものです。




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不安定な天気と夕焼け空




EOS6D Mark2

経験上、不安定な天気ほど空の表情はドラマチックになると考えます。

我々バイク乗りは誰だって雨は嫌なものです。北海道ツーリングなどの長丁場であれば仕方ありませんが、予報で雨と言っている日に近場をツーリングする人は少数でしょう。

しかしドラマチックな光景とは降水確率0%で安定の日には期待できないのも確かです。スコールの後には虹が見れたり、大荒れの天気の前日に燃えるような夕空が見れるものですよね。

雲ひとつない快晴の日も走っていて気持ちいいですが、空の表情という意味では変化がなくて少々退屈です。やはり空には雲が流れていて、その様子が何かのカタチになったりウロコ雲のように模様になったりするから空は魅力的なのだと思います。




上の作品はつい先日、台風が去った直後の空を撮ってみました。まだ不安定ですぐ近所では雨が降っていましたが、強い風で流れていく雲に沈んだ太陽の光が当たって茜に染めていました。

風景写真はスタジオで撮る写真と違って光や背景の調整はできません。相手は自然現象なので全て受け入れるしかないのです。自然現象に対する知識も大切ですが「どんな風景が出現しても大丈夫」という受け皿のような心が大切なのかもしれません。

つい写真をやっていると今日は立派な写真を撮るぞ、と意気込んでしまいがちですが不思議なことに頑張るほど風景は逃げてしまい、旅を楽しみながらニュートラルな気持ちで走っている時ほど、突如として奇跡的な絶景に出会うものです。

不思議ですけど長いことやっていて本当にそう思うこの頃です。




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風景写真にこめた想い




EOS6D Mark2

風の感触、草のかおり、さざ波の音…

本来は写真では伝わらないものを、写真を見てくれる人に感じ取ってもらいたい。

その為にできることは何か?知識、経験を元に工夫をこらし納得できるまで撮り切る。

バイクで走るときっとこんな風なんだろうな

むかし走ったがこんな風だったな

またバイクで旅立ちたくなった

そんな共感や想像を誘えれば素敵だ。

一方で撮った自分もその一枚をみて「あのときこうだった」と思い出せる。

記憶の中で曖昧だった風景は写真を見ることで詳細が蘇り、その時の音、におい、感触が伝わってくる。それは懐かしいともちょっと違う不思議な感じ。

写真は事実の全てを写す必要はなくて、その時の感動を抽出するように撮るもの。それができれば後で見返したときに特別な心象風景となってくれます。

まだ道半ばですが憧れの一枚を求めて旅を続けたいです。




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関心の対象をカメラや愛車ではなく「写真」にすること




たまに写真をやる上で「長続きする秘訣は何ですか」という質問をいただきます。かく言う私も飽きっぽい性格なのですが、こと写真については15年以上継続してやっております。継続は力なり、なんていいますが確かに継続力が実を結ぶことはあると感じます。

では写真を飽きずに継続させるにはどうすれば良いでしょうか。全くの私見ですが兎にも角にも写真が好きな一人の人になることだと思います。カメラではなく写真です。

写真をはじめるとつい関心の対象がカメラやレンズにいってしまったり、バイク写真であれば愛車をカッコよく撮るのに夢中になりすぎて、人に見せる写真ということを忘れてしまいがちです。




もちろんカメラやレンズに夢中になるのは悪いことではありません。愛車の写真をカッコよく撮るのも私だってやっております。しかしそればかりでは数年も続かず飽きてしまうでしょう。写真をはじめたきっかけがカメラが欲しかった、趣味がないから写真でも始めるか、せっかくツーリングに行くのだから素敵な記念写真を撮りたい、といったものが大半だとは思います。それは決して悪いことではありません。

アンリカルティエブレッソンやアンセルアダムスのART写真を見て、自分も写真で芸術の門をたたいてみたい…と写真をはじめる人は稀だと思います。私も写真をはじめたきっかけは決して写真家の仲間入りをしたい、といった立派なものではなく初めての北海道ツーリングでした。

はじまりはそれでも良いと思います。しかし、どこかのポイントで関心の対象を「写真」にすること。写真を愛する人になること。これを心がけてみましょう。

そのためにはいちど冷静になって自分が撮った写真ではない他の写真を見てみることです。この写真はカロリーメイトの広告に使われた市橋織江さんの作品ですが、私はこういった感じの写真が大好きです。最初に見た時どこがどう好きと言葉では説明できなくても直感的に「あっこれ好き」と感じる好みの写真です。そして時間をかけてどこがどう好きだと感じたのかじっくり考えてみるのです。

写真の見識を深める最初の一歩はこのように自分の好みの写真を知り、その中身を考えることだと思います。それにはまず色々な写真を見て写真の目利きになることが大切です。最初は写真をどう見れば良いのか分からなくても、たくさんの写真を見ていけば徐々に見方が理解できてきます。




自分の好みの写真を知る上で注意したいポイントは流行の写真に惑わされないことです。特にSNSなどネット上にある目立つ写真、映える写真など一般に高評価を得ている写真を見て「あっそういうのが良い写真なんだ」と思わないことです。あくまで個人的に好きな写真を探すのです。

好みの写真を知り、様々な写真作品に目を通すことで写真とはなんぞや、という哲学のようなものを考えるようになります。逆に自分の「好き」と向き合わず自分が撮った写真、同じ趣味の仲間達の写真ばかりを見ていると写真を見る審美眼が進化しないのです。

写真を見る目が進化していけば並行して思い描く理想の写真(実現できない幻想でも良い)を日常的に想像するようになり、いつか撮ってみたい憧れの一枚に情熱をそそぐようになるでしょう。

そうなれば写真を撮ることに飽きを感じたり、カメラを持って出かけることに億劫さを感じることもなくなります。作風や撮る対象が変化したり、所有レンズのバリエーションが変化することはあっても写真をやめてしまう・・・という事態にはきっとならないと思います。

なにしろ写真の本当の素晴らしさを知ったら夢中になってしまいますからね。

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予定調和写真と奇跡の受け皿

RICOH GR

突然深い話ですが人生とは何が起こるか分からないもの・・・よくそのように聞きます。さらに実際にそう思える出来ごとがあると実感するものですよね。10年後にはこうといった人生設計のようなものを立てても、必ずしもそうはいかないものです。

逆に思いもしないタイミングで運命的な人に出会ったり、岐路に立ったりと幸運や不運は天気のように訪れるものです。そしてそれは多くの場合で事前に予測することが難しいです。




時の流れには潮目のようなものがあって良い時期とそうでない時期があるものです。ある有名な占い師はその波は12年周期といいますし、一般的なものでは厄年というのがあります。厄年など気にしなければどうと言うことはない、という意見も散見しますが実際のところ私が41歳頃の時の厄年は最悪でした。

逆に絶好調な時期というのも振り返って考えると確かにある気がします。私の場合は2009年頃で買って間もないR1200GSでロングツーリングを楽しんでいた時期でした。仕事もプライベートも充実していたように感じます。

大切なのは良い時期とそうでない時期の潮目の変わる瞬間を見極めて、そのときにあった身の置き方、ふるまいや行動をすることだと感じます。

こういった話は写真にも通じるものがあります。今回のツーリングではこんな写真を撮るぞ、と走り出す前から今日撮りたい写真のイメージを描いても、実際にはそのような写真が必ず撮れるとは限りません。むしろ今日はこんな写真が撮れるとは思わなかった・・・という意外なシチュエーションに出会うのは多いものです。

鉄道と愛車の写真を撮ろうと中望遠レンズを持って出かけたが、秋でもないのに空一面にウロコ雲が出現して広角レンズを持って来れば良かった、と後悔した・・・そんな経験はをした方は私以外にもおられるはずです。(そういった意味ではズームレンズは良いアイテムと感じます)




夕日、星空、鉄道、季節の花など予定調和で撮る写真を決して否定する意味ではありませんが、偶然の出会いの中にこそ感動の心象風景があると信じたいです。

そのために重要なひとつは奇跡をいつでも許容する受け皿のようなものを心に持っておくことです。「今日はこれを撮るぞ!」と張り切り過ぎるのではなく少しの余裕をもって旅をするように写真を撮ってみましょう。

すると被写体との出会いや心の感度に周期的な波が存在していることに気が付きます。その潮目の変わる瞬間を感じ取ってみましょう。よく分からないかもしれませんが単純に「なんだか調子がいいぞ」という時に積極的に撮影をして、そうではない時は食事処や温泉でも行ってバイクで走ること自体を楽しんでみましょう。メリハリのようなものですね。

もちろんふとした瞬間に奇跡的な風景が出現する場合もあるので心の準備だけはお忘れなく。




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