モノクロツーリング写真ギャラリーと写真独り言

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、アート写真と聞くとどのようなものを想像しますか?有名な写真家が撮った立派な写真?あるいは個人でもアートを意識した作品であればアート写真でしょうか。

実は日本ではあまりアート写真という認識は一般に浸透していないようです。アート写真の定義は私もよく理解していないのですが世界的にみると写真家が生み出した作品に第三者によるお墨付きをもらい、オークション等でバイヤーやディーラーに取引される作品をアート写真と呼ぶようです。日本ではアート写真を取引というのは稀なようです。

だから日本人にとって絵画や陶芸品などと違いアート写真といってもその価値はピンとこないのですね。欧米では写真作品の専門オークションもあるようで高額ものは何千万円や億で取引される写真もあるそうですよ。





現代の日本の写真文化は写真家やカメラユーザーが撮って発表するだけの範疇であり、写真を通して社会にメッセージを伝えたり、写真家自身の価値によって作品が注目されるような文化はないようです。カメラメーカー大国であり、多くのカメラユーザーが存在する国であるにも関わらず不思議なものですね。

アート写真の多くにはモノクロの作品が多いものです。モノクロと言えばカラーフィルムの無かった昔のモノという印象ですが、カラー写真が世に登場して半世紀以上は経過します。最近の世代にとっては「懐かしいモノクロだ」という感じはないのかもしれませんね。ですから単純にモノクロは古めかしいという考えはそろそろ改める時期なのかもしれません。

モノクロであることで実際の様子を想像領域として与えることにもなりますし、写真の核心である「光と影」を分かりやすく表現する手段もモノクロと言えます。

フィルムカメラでモノクロ写真を撮る場合はネオパンなどのモノクロフィルムを使用します。一方、デジタル写真をモノクロで仕上げるには撮影時点でカメラに設定されているピクチャースタイルをモノクロに設定するか、RAWで記録して後でLightroomなどのレタッチソフトでモノクロとするか?ですね。





この作品のように景色そのものがモノクロ写真が似合うという場合もあります。この場所は千葉県の小江戸と呼ばれる佐原の町並みです。コントラストが高くシャドウ部で引き締めるような仕上げで小江戸のツーリング風景を表現してみました。

Lightroomなどのレタッチソフトには単にモノクロだけでなく、モノクロの中でも風景とかソフトとか色々な種類があります。デフォルトで入っているものの他に、ネットでダウンロードできるものなど多くのプリセットが楽しめるものです。

その作品に似合ったモノクロのプリセットを探してみましょう。





「想い出はモノクローム・・・」なんて歌がありますが、人間の記憶の中の風景とは不明瞭で混沌としており、色の様子が抜けた言わばモノクロームのような風景です。モノクロで写真を仕上げることで「あの日、旅でみた風景」という記憶風景の再現もできるのですね。

この作品のように漁港の風景などは何十年前も現在も大きくは変わらないものです。よって昨日撮った写真であっても記憶風景を表現するのにぴったりなシチュエーションと言えます。また良く見ると昔の写真のようで近代的なデザインのR1200GSのようなバイクが置いてあるギャップ感も絶妙と言えなくはないです。

いかがでしたか?モノクロで撮るツーリング写真。表現の幅だけでなく光と影を改めて学ぶ機会としてもお勧めです。

ところで上の写真は15年くらい前に北海道の礼文島で撮ったものです。写っている道をすすむと旅人の間では有名な桃岩荘というユースホステルがあるのですが、これがとにかく凄い宿なのです。昭和の青春ドラマ真っただ中な世界観で皆で大声で歌ったり、港で大泣きしながら「さようなら~」と船に手を振ったりと…現代人には近寄りがたいオーラのある宿です。この時も泊まろうかやめるべきか…さんざん悩んだ挙句に結局はキャンプ場へ向かいました。

いま考えると行っておけば良かったと思えるのですけどね。

今回はこの辺で!!

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バイク旅と写真の関係

バイクに乗るようになって約30年。ツーリング写真を撮るようになって約15年。

いま、自分のキャリアを振り返って思う事を綴ってみたいと思います。

幼少期の頃まで回想すると自分は友達と野球や鬼ごっこをして遊ぶよりも

ひとりぼっちで家の近所を探検するのが好きでした。

特に自転車の補助輪がとれた時期から、行動範囲が広がったことがとにかく嬉しくて

サッカー場の周りをぐるぐる周回したり、小学校よりも遠い場所へ行ってみたり

帰る道だけ忘れないよう自転車をひたすら漕いでいました。

あても無く走ることが好きなのは今も昔も変わっていないようです。

はじめて行く場所はワクワクするし、以前に何度も行った場所もまた訪れたいと思うものです。

知っている景色もタイミングが変わる事で視点も変わり別の感じ方があるものです。

細かく予定を立てず気の向くままに走ることが何と自由であるか。

偶然の出会い、発見、感動はふとした瞬間に訪れます。奇跡の光景は後になって回想すると来るべくしてそのタイミングで私の前に現れたとさえ思えます。

自分はちょっと変わっていて、ラッキーな人間なのだな、そんな風に思うのが愉快で仕方がないです。




心に焼き付く旅風景とはいつも渋い被写体です。

それは役目を終えた廃船であったり、今は誰も住んでいない廃墟であったり、荒れた土地であったりします。

もちろん空一面が燃えるように焼けた夕空や虹の風景なんかも好きですが、自分に似合っている旅風景とは他の誰かなら見向きもしないようなひっそりとした存在なのです。

もし出会った光景やモノ達が撮影の対象でなかったとしたら、特に記憶には残らないのかもしれません。

バイクでその場所まで旅をしてきてふと感じる何かをキッカケにレンズを向けた。それを写真にしたから、私の旅の中でその風景は特別なものに変わっていきます。

あの日、あの時、写真を撮ったからこそ記憶に焼き付く旅風景。

もし写真を撮らずに見ただけで終わっていたら、いつの日かその旅風景は記憶から消えてしまい、無かったことにされてしまいます。

旅を終えて過去を回想するときに、その写真を見返すことで記憶の中の風景は尊いものへと昇華する…それがツーリング写真の役割。

「あのときこうだったな」

日頃、人にみせてもいい写真を少なからず心がけているけれど、所詮は自分用の記念写真なのかもしれません。

いつか人生を振り返るときに、自分が旅で見た風景を記憶風景と照らして回想できる「心の中のバイク旅」。それを実現するためにツーリング写真を撮り続けているのかもしれません。




そう考えるとツーリングを愛する全てのライダーに「もっとツーリング写真撮ろうよ」と呼び掛けてみたい気持ちが湧きたってきます。

しかし人気の撮影スポットや観光地で記念写真を撮っていては、それこそただの記念写真なので、もっと旅心に照らした内面の風景を追求し、映えなくても良いので自分オリジナルのツーリング写真をみんなが目指したら良いのにな。

そんな風に思います。

撮りたいと感じる対象はいつでもふと視線を送った先にぽつねんと存在します。

それはモノに限らす光だったり空気だったり気配だったり感情だったりと色々。それらをどう撮るか?という表現は一朝一夕に成就するレベルではなく、まだまだ学んでいる段階だけど。

いつか納得できる最高のツーリング写真…我が生涯においてこれが正真正銘の究極のツーリング写真である!と思えるベスト1枚を実現させたいです。もしそんな写真が実現したら、きっと多くの人にバイクで旅をすることの素晴らしさを伝えることが出来るのではないだろうか?

そんな夢さえ持てるのだから私にとってツーリング写真とは特別なものなのです。




EOS6D Mark2

不思議なものでツーリングに出かけたり写真を撮ったりしていると、自分は本当にラッキーな人間なのだな、と感じる瞬間が何度もあります。何か奇跡のようなものを呼び寄せる特殊な能力がある人間なのか?とさえ感じるほどです。

この写真は佐渡の大野亀ですが岩の頂点に太陽が重なるタイミングで撮ることができました。事前に重なるタイミングを調べた訳ではなく偶然なのですけど。

こんなちょっとした奇跡を写真にできると言葉にできない充実感を覚えます。この写真を帰ってから仕上げて、見てほしい人たちに発表をすると何か良いことをしたような気さえしてきます。

残された人生を…なんて言うには年齢的にまだ早いかもしれませんが、この先は自分の人生と言う時間をなるべく写真に使っていき、世の中や迷っている誰かの役に立てればいい。そんな願いを持っております。

「私もそれに賛同!」という方がもしおられましたら、引き続き究極のツーリング写真をご愛読いただければ嬉しいです。これからは何か新しいことを始めてみようかと計画をしております。仲間は大歓迎でございます。

2021年3月 立澤重良

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写真はプリントしてなんぼです!

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、今日から3月ですが春のツーリングを楽しまれていますでしょうか?コロナ渦が収束するまでソロツーリング、ソロキャンプしか楽しむことができませんが、事故にはくれぐれもご注意くださいませ。やはり一人ですと何かあった時に不安ですからね。

最近、改めて感じたのですが道路を走っている車の運転が本当に危ないです。何度も書いてきましたが優先道路であるこちら側を無視して割り込むように入ってくる車、運転に集中せず散漫な人、そもそもハンドルを握ることに対する責任の意識がない人、高齢者ドライバー・・・いろんな【ヤバい車】が道路上にうじゃうじゃ存在していて街中の道はカオスですね。

少しでも事故に遭遇する確率を下げるために交通量の少ない田舎道を走る、首都高などを止む得ず通過して遠出する場合は時間帯を選んで走りましょう。それから強風の日は飛来物にも注意です。看板や発泡スチロールの箱、産廃を積載したトラックの荷台から飛んでくる物も危険です。想像力を働かせて慎重に走りましょうね。




さて今回は、せっかく撮ったツーリング写真、そのまま画像データとしてスマホやPCに保存するのではなく、ぜひプリントをしてみましょう!というお話です。

これは去年に撮った写真ですが、いちおう私の中では左の2枚はツーリング写真として去年のベストといえる作品です。右は佐渡行きのフェリーから撮ったウミネコの写真ですが、これは部屋に飾ろうかと思ってプリントしました。

プリントサイズは4つ切りワイドサイズで額は以前もご紹介しましたがDAISOのA3サイズ対応の200円のものです。

写真って不思議なものでプリントにして手に取って見るだけで全然違うのですよね。仕上がった写真を額に入れて手に取ると特別な感情がこみ上げてきます。額装しても家の中に何枚も飾るスペースはないので、結局は額に入ったまま仕舞うのですけど、それでもプリントして額装すること自体には意味があると思います。

言ってみれば写真の最終形態であり撮る時点でこうなることをイメージして撮りたい…という感じのものです。私の場合は基本的にいつも4Wサイズプリントが完成イメージになっています。




プリント自体はファインプリントを望む訳でなければネットでも大きなサイズの注文はできます。有名なし〇まうまプリントでもOKです。一つだけ注意点があるとすると夜景や夕景など意図的に暗く撮った写真などについては、自動補正が入らないよう【自動補正】のチェックを外して注文することです。




DAISOの200円の額は人気商品のようで売り切れの場合も多いようです。私の場合はお店で見つけた時は2枚ほど買っておいて、常に家に何枚か在庫をもっておくようにしています。このホワイトの他にブラックもありますよ。

現代の写真文化ってSNSやブログなどネット上で発表まで完結してしまう場合が多いですが、あえてそんな時代だからこそプリントして手に取って見るのも良いものです。画像では見えなかったものも見えてきますし、自分は作品を生み出したのだ!という実感も感じられて次への活力にもなります。

ぜひ、皆さまも良い作品が撮れたなと思ったら、その写真をプリントしてみてくださいね。

今回はこの辺で!!

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究極のツーリング写真運営者 写真家 立澤重良の令和三年の抱負

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、もう初走りはされましたか?緊急事態宣言が出されているさなか、ツーリングどころではない!というご意見もあるかもしれませんね。緊急事態宣言の直後は「夜8時以降の不要不急の外出は自粛」とのことでしたが2、3日前から日中も外出は控えてとかランチも感染リスクが高い…とお上から通達があり、当初と違うことを言い始めたので多くの人が困惑していると思います。

私個人の考えとしてはバイクソロツーリングであれば感染リスクは少ないですし、田舎道を走るだけの日帰りツーリングであれば問題ないと考えます。昨年春の緊急事態宣言時と違って色々なことが分かり、感染対策は個々でも十分にできるはずです。

「もし事故にあって病院のお世話になったら迷惑だ!」という意見もあるようですが、そこまで言ってしまうと本当に何も出来ないと思います。もちろん普段以上に安全運転を心がけることは大切ですが、コロナ渦だからといって全くバイクに乗らないのは少し違うと思います。

それでも心配だ…という方ははじめて走る場所に行くのではなく、走りなれた近場のツーリングルートを選び、昼食はお弁当持参、スタンドはセルフ、夕方には帰宅するという計画にするだけで十分な対策をしたと言えると思いますよ。




ということで、寒い日々が続いていますが、この冬、千葉の方はぜひ南房総までツーリングにいらしてください。ご注意いただくポイントは朝は日陰が凍結しているので山間部は避け海沿いルートを走ってください。最南に近づいたら海からの強風と道の堆積砂にご注意を。

EOS6D Mark2

さて、ここで改めまして当ブログ究極のツーリング写真 touring-photography.com とは何なのか?はじめてご来訪された方の為にご紹介させていただきます。

このブログ【究極のツーリング写真】はライダーがバイク旅の世界で見ている旅風景をART写真として表現するためのバイク写真総合サイトです。アップされる作品を見るだけでもOK、私もこんな風に撮ってみたい、という方はツーリング写真に関するノウハウを解説していますので是非読んでみてください。

例えば宗谷岬まで飛行機と観光バスで乗り継いで行くツアーと、雨に打たれ寒い思いをして孤独に走り続けて辿り着いたツーリングライダー。まったく同じ宗谷岬であっても感じ方が異なるため、心に残される【記憶風景】もまったく別のモノになります。

オートバイという乗り物で、露出した肉体が空間を駆け抜けて、快適でも楽でもない移動をひたすら続け、時に惨めな思いや痛い思いをし、ようやく辿り着いた彼の地。それは旅行でもレジャーでもない正真正銘の旅であり非日常です。




だからライダーは本物の旅風景を見ているのです。それを写真にしてライダーがオートバイで旅をしていた時代のワンシーンをARTにして切り取ってみませんか?ライダーがオートバイで旅をしていた時代…と書いたのは…あと10年すればガソリンで動くバイクは売られていないそうです。街からはガソリンスタンドが減ってしまい、ガソリンのオートバイを所有していても気軽に旅には出られないのです。電動オートバイでもツーリングは可能でしょうが、少なくともガソリンのオートバイで旅をする文化は10年ちょっとで消滅です。

下手をすると電動オートバイはコミューターとして実用的なものは成功しますが、趣味としての製品化に失敗し、今みんなが知っているオートバイ文化は消滅する危機さえあるのです。

だからこそ!いまオートバイで旅をするライダーの姿、ライダーが見ている本物の旅風景を写真に残しましょう。ART写真でなくても自分の写真であれば自分で保存しておくことはできます。しかしART写真で表現することによって、自分がこの世を去った後でも永劫にその作品が大切に扱われると考えます。自分がツーリングでみた感動の景色が一枚の作品となり、何百年も先まで大切に扱われるかもしれない・・・そんな風に考えると何だか素敵だと思いませんか?

~オートバイで旅をしている文化をART写真で残したい~

そんな想いをこめて写真の撮り方やツーリング写真のノウハウを私なりに解説しているのが【究極のツーリング写真】です。単にツーリングに行った時にスマホなどで気軽に撮る記念写真とは違います。愛車の写真をかっこよく撮る愛車写真も違います。なぜ俺たちはバイクに乗り続けるのか?なぜアタシはバイクに乗って旅立つのか?バイク旅に対するそれぞれの想いを一枚の写真に投影してみませんか?

そんな少し変わったモトブログ…いや、モトブログではないか。写真ブログが究極のツーリング写真なのです。




私、個人の今年の目標は少し大きなことに挑戦してみようと思っています。

今年はツーリング写真の表現を次なるフェーズへシフトして、より心象風景の再現を追求し、見る人の心に響く印象的な作品を目指したいと思います。今回、記事の冒頭にアップした港の写真は、数日前に南房総の漁港で撮ったツーリング写真です。ここ1年くらいで露出で魅せる方法について少し学んでみました。こんなことをもっと進化させたいですね。

写真のレベルアップはもちろんのこと、それとは別に何かの形で写真関係の講師にも挑戦してみたいと思います。私は最初に就職したメーカー系の会社で専門的なことについて講師をしていた経験があり、以前から写真講師には興味があったのですが礎となるものが固まっていなかったので躊躇していました。しかし究極のツーリング写真で3年以上にわたりツーリング写真のことについてノウハウを書いてきましたので、その経験を生かしてそろそろ講師の方も挑戦してみようと思います。

コロナ渦だからといってこれ以上何もしないでいる訳にはいきません。今年は大きく飛躍したい!という意欲に沸いております。

皆さまもコロナ渦に負けず、この一年は大きな目標を立てて挑戦されては如何でしょうか?

今回はこの辺で!!

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写真は自由主義 新たなツーリング写真文化の一年へ

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、あけましておめでとうございます。本年も究極のツーリング写真をよろしくお願い致します。

去年から続いている新型コロナウイルスの問題がまだまだ解決の兆しが見えてこない昨今ですが、ウイルスとの共存を学び新たな生活をはじめて2021年は明るい一年にしていきましょう。

こんな大変な世の中ですが自分の内面を見直すチャンスとも言えます。私は仕事もプライベートも地味なもので、コロナ渦を受けても大きな変化はありませんでしたが、それでも家にいる期間に自分にとっての写真とは何だろう?と見直してみました。その時に見つけた答えを頼りに2021年は新たな挑戦をしてみようと思います。

EOS6D Mark2

さて新年の一回目となるこの投稿ではこんな写真を選んでみました。




千葉県は南房総、鋸南町から見た冬の富士山です。手前の小さな漁船に露出を合わせた少々ローキーな雰囲気をまとった作品です。

見たままの風景の再現ではなく感じた風景の再現です。実際の様子と大きく異なる露出(明るさ)ですが、あえてこの露出に設定して撮ってみました。富士山にかかった雪と雲の様子、際立つ小さな漁船。これにより雄大な自然の中での人の営みを感じ取ってもらえたら良いな…そんな想いを一枚にこめました。

これを見て「なんだ実際の様子よりもうんと暗くして撮っただけでインチキではないか。写真は見た通りに撮るべきだ!事実をストレートに撮ることこそ正しいのだ!」とおっしゃる偉大な諸先輩もおられるかもしれません。しかし「見た通り云々」とは人間の目のことですよね?目が脳に送る景色の明るさは必ず正しいのでしょうか?

人間の目は生活する上で不自由がないよう景色の詳細を明らかに伝える露出設定だと思います。薄暗い場所で段差でつまずかないように、路面の黒いシミ(オイル)を見落として転倒しないように、害虫や毒をもった生き物がいてもすぐに気が付くように…と。

だとすると自由が許されているARTな写真を個人的に発表する場において、人間の目が決める明るさに写真も合わせる必要性がどこにあるのでしょうか。私は目でみた明るさは必ずしも写真で再現する必要はなく、時として訴えたい一つだけに切り詰めても良いと思います。その結果、背景などの他の部分が暗すぎたり明るすぎたりしても、大切なことの表現に理想的だと思える露出であれば、それが何より作者の意志によって生まれた真の「適正露出」だと思います。




私たち日本人はどうやら自分たちが考えている以上に真面目な民族のようです。誰かが「こうしよう」と言えばそのような空気がつくられて見事なほどに皆がそれにならいます。本当に自由を与えられた民主主義国家なのだろうか?と疑うほど同調する精神は他のどの国より凄いと感じます。

これは写真文化も同じです。キレイに撮ろう、写真がお上手、手ブレはダメ、構図が命、みんなが撮っている人気スポットはどこだ?、やっぱり最新のカメラでないとだめだ、写真をソフトで加工するのは邪道だ、SNSで映え写真をアップして「いいね」をもらおう・・・こんなの全部ウソで得体の知れない誰かが作り上げたプロパガンダではないでしょうか。

このような見えない空気、同調を強いるようなルールじみた風潮、流行に後れたら恥ずかしいぞ!という圧力…こんな下らない世の風に振り回されるのはやめにしましょう。コロナ後の2021年から…そう今こそやめるべきです。

私たち日本人は真面目な民族です。だからこそ「自由」を与えられることに何か後ろめたさを感じてしまうのかもしれません。写真もSNSでバズッた写真があれば、その場所に出向いて同じような写真を撮り、撮り方もお手本に習っただけのような「画一化されたいい写真」をみんなで撮って満足…。

「みんなと同じにする」「出る杭は打たれる」そういった国民性が日本の経済を成長させてきたのかもしれませんが、皆さんが好きでやっている写真にまでそういった風潮を引き継いでやるのは私は反対です。




「あなたの好きなことを好きなように写真にすればいい」一言でいってしまえばこうなるのですが、それでは写真ビギナーの方も戸惑ってしまうのでヒントのようなことを究極のツーリング写真で綴っていきます。何者からも解放されて自分の好きと自由に向き合うようにシャッターを切れば必ず個性的なART写真が撮れるようになると思いますよ。

だから2021年からは「自由」をテーマに改めて写真と向き合ってみませんか?

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写真を15年やって思ったこと

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、最近のニュースではコロナやGotoトラベルの話題が多いですが、ガソリン車が2030年で新車販売が禁止される話題もだいぶ増えてきましたね。

2030年をむかえる頃にはバイクはいったいどうなっているのでしょうね。各メーカーからは様々な種類のEVバイクが発売されていると思いますが、果たしてカッコいいバイクが登場しているでしょうか。そもそもバイクの魅力とはイコール内燃機の魅力と言ってよく、ガソリンタンク、マフラー、エンジンの冷却フィンなど、これらの造形がバイクとしての美しさを成立させています。ここが車とは決定的に違うところですね。

そう考えるとバイクをEV化するのは楽器に例えるならサキソフォンを電子ピアノのように改造するようなものです。ベテランのプレイヤー達が「仕方ない、これからはこれで演奏するしかないのだから…」といった感じで現代のライダーは10年後にEVバイクを乗り続けるのでしょうかね。それとも高い税金を払い入手の難しいガソリンを何とか調達して旧式のガソリンのバイクを走らせ続けるのでしょうか…それには限度があると思いますが…。

以前も書きましたが私たちが大好きなエンジンがブルンブルンとかかって、高回転までブチ回せばウォンウォンうなって、煙はいて振動して、やれ寒い朝はエンジンがかからないだの、冬はやわらかいオイルにするだの、プラグの焼け具合をみてニンマリしたり…そんなハートを熱くさせてくれるエンジンのバイクは間もなく絶滅です。

貴重なモデルはオブジェのように保管され、そうでないモデルはスクラップです。だから本当に今から10年くらいが皆が知っている現代のオートバイを現実的に楽しむ最後の10年なのですね。




さて、また前置きが長かったですが…今回は私、立澤重良の写真ヒトリ言コーナーをいってみたいと思います。

EOS6D mark2 + EF135mmF2L

もう写真をやるようになって15年以上のキャリアですが、最近になってようやく理解できてきた事がいくつかあります。今回はそれを書いてみたいと思います。

誤解を恐れずに大胆なことを言ってしまえば、この世に美しいものなど存在しないと思います。また、その逆である醜いものも同様です。

そもそも美しさとは常に人の内面に存在する心の反応で、事実そのものに美醜を判定する絶対的な基準がありません。はるか銀河の星から見つけてきた謎の石をかざして緑に輝けば美しい、灰色に濁れば醜い…といったものが存在すれば別ですが。

風景や被写体の特徴を受けて美しいと感じるかは人次第です。その人が見てきた記憶が基準であったり、感受性の違いであったり、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の個人差であったり、これらの違いで同じものを受けてもある人は美しいと感じ、ある人はそうとは感じない。

そう考えると【美しいもの】を探すようにバイクを走らせるのは愚かな行為ではないでしょうか?正しくは【自分が美しいと感じる事実と出会いたい】ととらえ、【美しいと感じた】を表現することこそが写真ではないだろうか???と、そんな風に思うようになりました。

上の写真は養老渓谷に近い千葉県市原市の月崎林道の紅葉の様子です。この写真は当たり前ですが絵ではなく写真なので嘘偽りなどない事実を撮ったものです。しかし実際のこの場所の様子とは全く違う印象の写真と言えます。もちろん135mmという中望遠レンズを使っているというのもありますが、それに限らず露出の設定、ホワイトバランスの設定など実際に目で見た風景とは異なるものです。

私がこの場所で美しいと感じた風景の再現…と言うのが良いでしょうか。写真用語に「イメージの写真」というのを頻繁に耳にしますね。イメージの写真とは「こんなふうに撮りたい」「こんなふうに写るであろう」と撮影者が事前に脳内に描く空想の写真です。ベテラン写真家はみな当たり前のようにイメージを想像してから写真を撮るものです。




少々脱線しますが人間の記憶とは嫌なことを忘れて美化していく傾向にあるようです。少し前に駅で最初に就職した会社の同僚達に偶然の再会をしました。みな嬉しそうに「久しぶり」「元気してた?懐かしいなぁ」と声をかけてくれましたが、少し会話をするうちに「あの頃はよかった」「いい時代だったな」と20年近く前を輝かしい過去と言わんばかりに話します。しかし記憶を深く辿ると当時は確かに楽しい思い出もたくさんありますが、それと同じくらいに辛かったこと、思い出したくないような出来事も多いと感じます。果たして本当に「あの頃はよかった」のでしょうか?

昔に別れた恋人は記憶の中で尊く美しいです。偶然どこかで再会すると、年をとってしまった事実とは別に何かガッカリするものがあります。はじめて遠くへツーリングしたときに出会った感動の絶景。その記憶風景は美しく特別なものですが、何十年と経ってから久しぶりに訪れると近くに自販機や電柱などもあって、さして絶景ではなく記憶と現実のギャップに落胆することもあります。しかし当時から自販機も電柱も確かに存在しているのです。

どうやら人の記憶風景や想像風景は醜いものは排除し美しくなるよう作られているようです。だからこそ想像してから写真を撮ること、撮って出来上がった作品が自分の記憶風景として合致し尊い一枚になること、これを大切にしたいなと感じます。

それが叶えばきっと本当の意味で「美しい」と呼べるツーリング写真が実現するのではないでしょうか。




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写真における「考える力」とは…

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、新型コロナウイルス流行第3波の最中ですね…。観光業、飲食業…そして医療関係の方は本当に大変だとお察しします。一方、依然としてバイクやキャンプが感染リスクが少ない趣味として人気のようです。

先月、富士山の朝霧高原にある人気キャンプ場【ふもとっぱら】に行ってきたのですが、平日にも関わらず凄い人の多さでした。ざっと見た感じで200~300組くらいのキャンパーが来ていたと思います。ふもとっぱらキャンプ場はとても広いキャンプ場で最大で1000組以上は内包できるキャパシティですから200~300組であれば「密」ではないのですが…それでも冬にこれほどキャンパーが集結するとは凄い事ですね。

その昔、冬にキャンプするなんて変人扱いされたものですが現在では「冬こそキャンプ」という風潮がすっかり浸透したようです。




EOS6D mark2

ふもとっぱらは目の前に富士山がドーンと見える、開けた風景の雄大なキャンプサイトです。星空も朝日も美しいですし反対側の毛無山の風景も素晴らしいです。私のようにキャンプ場に求める重要な要素は風景である、という人間にとっては最高のキャンプ場と言えます。

目の前に富士山が見える絶景…これこそがふもとっぱらキャンプ場が人気である最大の理由であるのは疑う余地がありません。一方で仲間同士でバーベQ大会のように騒いでいる人達や一日中薪割りをしておられる人達にとって、このふもとっぱらの風景は重要なのだろうか?と些か疑問でもありますが…

きっと「人気のキャンプ場」と検索して上位に出てきた情報がたまたま「ふもとっぱら」だったのかもしれませんね。ちなみに去年に行った浩庵キャンプ場と同様に、ここふもとっぱらも人気アニメ「ゆる△キャン」の聖地です。




上の写真は夜明け前のサイトで明るんだ空にうかぶ富士山の様子を撮ってみました。この時、地上側であるバイクやテントの様子をどのように写すか腐心しました。いかんせん太陽がまだ登っていないので光が絶対的に乏しいのです。かといって地上側に合わせて露出を設定すれば空の雰囲気は飛んでしまうし、そもそもイメージがローキーなものだったので、これ以上明るい露出は検討の余地すらありません。

さて…困った、ライトでも当てるか?さんざん考えた挙句、あるアイデアを閃きました。焚火に湿った落ち葉を集めて投げ入れスモークを焚いてみたのです。風向きも手伝って狙った通りR1200GS-ADVの背後に白い煙が重なってくれました。これで誰が見てもそこにバイクがあるのが分かる写真になったと思います。

今回の撮影ではこの後、空の様子がもっと魅力的になったので、このカットは採用カットに至りませんでしたが、改めて悩み考え工夫を凝らすことの大切さを学んだ気がします。こういった事っていくらネットで調べたって解決策は出てきませんからね。最後は「自分で考える力」です。

例えば人気のラーメン店に行けるチャンスがあったとします。そこで人気メニューは塩ラーメンなのに知らずに醤油ラーメンを注文してしまえば後で後悔するかもしれません。初めて行く土地に乗ったことのない路線で出かける時、最短で運賃の安い経路で行きたいものですね。これらは事前にインターネットで調べて情報を入手しておくのが賢い現代流ですね。

しかし素敵な写真を撮りたいときや、素晴らしいキャンプ場はどこにあるのか?といったことをインターネットで調べてしまうと、必ずしも最良の情報を入手できるとは限りません。何でもネットで調べる悪い癖をつけてしまうと「自分で考える力」が退化して自分という人間が情報社会のシステムの一部になってしまうようです。

以前、Facebookのあるグループを見ていた時のことです。BMWバイクのグループで「次はBMWのバイクを買おうと思いますがお勧めの車種は何ですか?」という質問をポストしている人がいました。多くの人が懇切丁寧にレスを書いていましたが、私が最も親切だなと感じたのは「あんたの好きなバイクでいいんやで」と書いたレスでした。それとは別の日にキャンプ関係のグループでこんな投稿を見かけました。「キャンプ場で夜ご飯は何を食べれば良いでしょうか?」という質問です。これも同様に様々なレスが書かれていましたが、私が一番親切だなと感じたのは「あんたの好きなもん食えや」というものでした。同一人物だったかは未確認ですが…面白いですね。

私自身、頻繁にネットで色々と調べることが多いので改めて「自分で考える力」について意識していきたいと思いました。自分の好き、自分で考える、自分の場合ならこうだろう…こういった自由意志こそが人間らしさであり、決して失ってはいけない大切なものだと思います。

今回はこの辺で!




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一枚で魅せるツーリング写真☆世に媚びない表現

究極のツーリング写真 tourimg-photography.com 読者の皆さま、「ツーリングの秋」いかがお過ごしでしょうか。コロナによる行動自粛もだいぶ緩和され、感染対策さえしっかりしていれば通常通りに出かけれられる世に戻りつつありますね。猛暑もひと段落しツーリングにも良い季節になってきました。あと写真にもいい季節ですね。

前回まででツーリング写真の魅せ方シリーズと題して、写真の魅せ方を色々と紹介してきました。魅せ方とは表現であり演出であること。そしてそれらを知識として身に付け実際に撮れるように習得したら次に<魅せ方>について自身の考え方を持つようにしましょう。こればかりは人の好き好きなので自分でどうするかを決めるしかありません。

そこで気になるのが写真を見せた時の反応です。お友達や家族に写真を見せた時、SNSやブログで発表したとき、コンテストに参加するときなど写真を見せたときの他人の反応です。これ…心理としてどうしても気になりますよね。自分は気に入った写真だけど果たして人から見てどうだろう?と。




いい写真とは常にみる側が主観的に決めるものであり撮る側としては永遠のテーマ。それ以前に撮った本人が「いい写真だ」と思える作品であること。撮った本人がこんなの好きではないけど他人に受けるかも…という気持ちで撮ったのであれば、私はそんな写真はいい写真ではないと思います。

確かに発表した時に反応が薄いと寂しいものがあります。せっかく自分なりの「いい写真」を撮ったのにコメントも入らず「いいね」も少ない…。こんな経験はありませんか?

それ、気にしなくて大丈夫です。そもそもSNSなんかで写真を発表したところで、その反応がどうであれ大した意味はないと思います。それよりSNSなどで万人ウケを狙って写真を撮るようになっては<自分の好き>を見失って個性が失われてしまいます。




上の作品はツーリングで出会ったふとした光景を1枚にしました。台風で倒れてしまった廃船。この写真の構造はこれといって手の込んだことはしていません。なるべく事実をストレートに表現する目的でこのように撮っています。念のため解説しておきますが地面や背景などスペースを意図的に多めにとることで「被写体がそこにあった」という場所に対する存在を表現できます。

このやり方で<ツーリング先で出会った〇〇>を表現しているだけです。引いてとると電線やガードレールなど本来は画面内に入れたくない要素が入ってしまうものですが、不思議なことにあれも撮るぞと思って撮ればそれほど悪さはしません。この場合は電線と電柱が入りましたが分かって撮っています。電線が入っちゃったと電線も入れたは大違いです。

この超地味な写真、撮った私自身はこれぞ今後の自分が目指す世界のヒントだ、と思っておりますがSNSなんかで発表すれば間違いなく薄い反応が返ってきます。しかしそんな事は全く気にしません。ウケよりも自分らしい写真を撮ることの方が大切だと理解しています。

映え写真を撮って「いいね」をたくさんもらう。すごい写真、上手な写真、綺麗な画像…世に溢れています。高性能なカメラやスマホ、広告写真のように仕上げるアプリ。これらは他の誰かが作ってくれた便利な物や情報の恩恵を受けただけ、画一化された「上手い写真」を目指して練習しただけの写真です。ふと考えてみましょう。個性はどこにいったのでしょうか?その写真の中に「撮った人の存在」は感じますか???

上の写真は稚拙ながらも一枚の写真の中に私の何かが写っています。一見、レンズのゴミか?と思う漁船の上にある黒い点。アゲハ蝶です。この誰も気が付かないミクロのキャストを採用するのは実に自分らしい演出だ!とニヤけてしまうナルシストです。




賛同していただける人は少数かもしれませんが、本当にこんな感じで良いんだと思います。少なくともアマチュアとして写真をライフワークにするのであれば。もし本当に写真がお好きであれば…もうやめませんか?他人から受ける写真を狙うのは。

自分の「好き」と向き合うのが一番素敵なことなんです。

今回はこの辺で!!

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バイク写真☆撮影現場での10のプロセス

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、今日は七夕なので天の川の景色を見に行きたいところですが、残念ながらお月様は月齢15.8でほぼ満月ですね。月の入りが6:07なのでもしかしたら深夜3~4時くらいに少し見れるかもしれませんが…お天気が微妙です。

ちなみに今月の新月は21日なので18~24日あたりであれば天の川の景色を見に行くには良いかもしれませんね。この時期の天の川は本当に美しく輝くものです。

さて今回の究極のツーリング写真では今までとは少しアプローチを変えてツーリング写真において撮影地で私がしている10のプロセスを書いてみたいと思います。いつも私が無意識にやっていることですが、撮影地で何をしていいか分からないというビギナーの方の参考になれば幸いです。

1. 気付き

まずはバイクで走っていて「おや、ここは何かあるぞ」と気付いてバイクを停めたところが始まりです。衝撃的な絶景から小さな発見まで、撮影者のセンサーが反応を示してバイクを停めることから撮影は始まります。

気付きはある種の才能だと思います。気が付かない人は素通りなのでチャンスを逃してしまうものです。変な言葉ですが「気づき力」を磨くことで傑作ツーリング写真を実現できるチャンスが与えられると思います。

EOS6D Mark2 + EF70-200mmF2.8L IS

2. 感動

その情景、被写体を受けて自分の心がどう動いたか?ここが地味に重要なポイントです。感動のプロセスが抜けてしまうと良い写真は遠のいてしまいます。感動できない…という景色なのであれば、そこで写真を撮る意味はありません。

しかし人の感情とは曖昧なもので自分でも果たしてどう感動しているのか良く分からない場合もあります。そんな時は感動の言語化が有効です。語彙力に自信のない人でも自分の知りえる限りの言葉の中から最良のワードで気持ちを言葉にしてみましょう。




3. 視覚

目に飛び込んでくる現実の様子を視覚するプロセスは人間の肉体的な機能に依存します。その場所に着いて最初は多くの情報を目立つものから順に視覚していくものです。絶対的な存在感のある例えば巨大な風車とか、ユニークなオブジェなど「おおっ」と思う被写体がある場合、足元に咲く可憐な花を視覚するのはだいぶ後回しになるでしょう。

見落とすことなく全ての情報を洗い出すため、時間をかけて視覚していきましょう。それが完璧にできれば家に帰って写真を見返したとき「よく見たらこんなところに花が咲いていた」なんてことは無いはずです。

「よく見たらこんなところに…」が許されるのは心霊写真だけ、と覚えておきましょう。

EOS6D Mark2 + EF35mmF2IS F11 1/125

4. 認識

視覚した情報を元にそれが何であるかを判断するのが認識です。まずは大切なポイントとして空間の認識があります。いま自分がここを写真にしたいと感じている現実の様子について、被写体や周囲の空間や位置関係、風景なら空の表情までも含めた全体の様子を測量するように認識します。ここを正確に把握しておくとレンズの焦点距離を簡単に決めることができるのです。

そしてこれは美しい、これは写真に入れない方が良い、またはこのシーンに似つかわしくない、といった具合に各々の被写体や要素を分析します。自分が映画監督と例えるとキャストを集めてオーディションをしているような工程になります。

5. 想像

視覚や認識の結果、当初に感動したことをどう表現するかを想像するクリエイティブタイムです。いい写真を実現させるために極めて重要なプロセスで「こんな風に撮りたい」「こんな風に撮れるはずだ」という空想の写真を脳内に描きます。

言ってみれば完成予想図であり、この先のプロセスで使用する図面のようなものです。イメージを作らず何が写るか分からないけど、とりあえずシャッターを切ってみた…というのは都会のスナップなどドキュメンタリータッチな写真ならOKですがツーリング写真ではそうもいきません。

情景の特徴を受けて感動したことを表現すること。どう感じたかをどう表現するか?例えば「いい感じ」とか「海がきれい」ではなく「夕景のさんざめく凪の海に郷愁感を覚えた」といった感じに具体的にして、そう見える写真を脳内に描くのです。

EOS1Dx + SIGMA150-600mmF5-6.3DG

6. 選択

脳内にイメージの写真が固まったらこの先は作業です。最初の選択はレンズ(焦点距離)です。雄大な景色を受けて広がり感を表現したいなら広角レンズ、特定の被写体に絶対的な存在感を持たせて背景のボケ具合でみせたいとなったら望遠。焦点距離は例えば35mmならこう写るだろう、という感覚を身に着けておかないとイメージに対して何ミリと決めることができません。

そして撮り方の引き出しから今使いたい最良の手法を選択します。例えば三分割構図を複雑に構成して写真の構造を暗号化してみようとか、露出をハイライト部分だけに切り詰めて黒バックでみせようとか、深度とピントピーク位置をコントロールして絞りでみせようとか・・・ イケてるDJが選曲する時のように今はこれだ!というチョイスをする訳ですが定石通りでは退屈です。キラリと光るセンスで選択しましょう。




7. セッション

いよいよカメラに電源を入れて撮影開始です。被写体や情景と向き合ってシャッターを切りながらイメージに近づけていくセッションです。僅かなアングルの調整や微妙な露出コントロールなど撮りながら詰めていきます。そして最終的に自分が納得できるベストを得るまで集中力を高めて撮り切ります。

セッションは集中が切れるおよそ30分くらいがリミットで、それより長引くようだと一度中断してイメージから再考した方がいいでしょう。

この工程は最も楽しく自分らしくいられる時間です。バイクに乗って旅をしている時間に似ています。後にこの時のことが深く記憶に刻まれて、やがて自身の記憶風景に変わっていくものです。記憶風景と作品が重なった時、その1枚の写真がとてつもなく尊いものに感じます。

EOS6D mark2 + EF14mmF2.8L

8. 余韻

納得のいく1枚が撮れたからといってすぐにカメラを仕舞ってバイクのエンジンをかけるのはやめましょう。撮り切った直後の余韻を感じることで自分がこの情景を前にどう感動したのか?本当のことが見えてきます。

この時、脳内にはエンドルフィンやドーパミンといった報酬系の物質がでることで究極のリラックス状態が生まれます。リラックスはインスピレーションを授かる絶好のチャンスでもあるのです。

9. 再考

私たちはプロのカメラマンではありません。アマチュア…言い換えれば個人的な写真家です。撮影に費やした労力を報酬と天秤にかける必要もありませんし妥協しようが失敗しようが何の損害もありません。

だからこそ1ミリも妥協せず強い意志で納得のいく1枚が撮れるまでしっかり撮り切りましょう。「またいつかここへ来て撮ればいいいや」では良作の道は遠のくばかりです。

まだ何かできることはないか?これで本当にイメージ通りに表現できただろうか?これでは普通すぎないか?もうひとひねり何かないだろうか?という粘りは重要です。時間をかけることで予期せぬゲストが登場し奇跡を授かることもあるでしょう。

一通り撮り終わったら必ず自問してみましょうね。




10. 解釈

バイクに跨ってエンジンをかけ、ギアを一速に入れる時「こうゆうコトだったのだ」と出会った情景や被写体に対して解釈が生まれます。それはこの場所に辿り着いた当初は混沌とした感情の渦に隠されていた被写体の本当の魅力です。

撮ったことによって解明された自分の感情。出会った被写体や景色に感謝の気持ちが芽生えてくる瞬間です。

EOS6D Mark2 + EF35mmF2IS

いかがでしたか?ツーリング写真における撮影地の10のプロセス。「おおっここは写真を撮るのにいいかも!」と思ってバイクを停めた直後は、バイクに乗ってそこへやって来たことに興奮状態です。目に見える情景から視覚し認識し感動を受けて選択をすること。そうすると混沌としていた感情から具体性が出てきて何をするべきかが見えてくるのですね。

いい場所は見つけたけど何をしていいか分からず途方にくれていた…というビギナーの方の参考になれば幸いです。

今回はこの辺で!!

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かけがえのない記憶風景をツーリング写真として作品に残す

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、今回は私のツーリング写真独り言コーナーでいってみたいと思います。

当ブログ【究極のツーリング写真】では今までバイク写真、ツーリング写真に関わるあらゆることを綴ってきました。それはカッコいいバイクの撮り方であったり、ツーリング先で出会った風景の撮り方であったり…。そして撮り方に限らず写真という芸術をライフワークとして生きていくことや我々バイク乗りが見ている旅の世界と「写真」は親和性の高い関係であることなど、本当に色々と書いてきました。




そして誰もが憧れる「いい写真」についても何度か触れましたが、現在のところ私の解釈として「いい写真」とは、とりあえずですが次のように定義付けております。いい写真とは常に見る側が主観的に決めるもので撮る側としては永遠のテーマ。美しいかそうでないか、かっこいいか?そうでないか、心動かされる芸術作品であると感じるかどうかは見る側へ委ねられるものです。

撮る側としては本当は見てくれる全ての人へ感動を与えたいところですが実際はなかなか厳しいものがあります。個人の押し売りみたいになるかもしれませんが現状として私は「わかる人の心に響いてくれれば幸せだ」と思っております。実際に私の撮る写真はどこか地味ですしインパクトも欠いているかもしれません。何より流行を全く意識していないのでSNSなどで発表したところで「いいね」などの反応は少数です。

EOS6D Mark2 + EF135mmF2L

しかしそんな事は気にしません。私にとってツーリング写真とは私自身がバイクで走り紡いだ記憶風景の断片です。誰かに見せて喜んでもらえたり、何かのお役に立てたなら尚更幸せですが、そうでなくても不満はありません。




あの日、あの時、写真を撮ったからこそ記憶に焼き付く旅のワンシーン。「あの時ああだった」と一枚の写真を手に取って、記憶のツーリング風景を回想できれば何にも代えがたい幸せだと思います。その為にはただバイクに乗るのではなく常に旅心を意識して走ること、一枚の写真がやがて尊い記憶に変化していくことを意識して一枚一枚に思いを込めてシャッターを切っています。

しかしそういった一枚一枚の作品はどこかアートではないだろうか?そう気が付いた時、究極のツーリング写真の目指す世界が見えてきます。「究極のツーリング写真って何が究極なの?」と聞かれればバイクで旅をする世界は人々が忘れかけた旅精神とライダーだけが見ている景色に芸術的な美が存在する…それを写真にすることが「究極」です、と答えます。

テーマこそブレていませんが、どのように表現していくかは未だ手探りでやっています。この「ツーリング写真」とやらが一体何なのか?いつか究極の表現を具現化できる日を夢にみて精進しております。

2020年6月 立澤重良




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