瞬間で魅せるか空間で魅せるか




写真をやっていてつくづく不思議だなと思うことがあります。

それは試し撮りで撮った写真や不注意でシャッターを押してしまった時に写る偶発的な写真です。

撮影者の意図とは関係なく写ってしまう景色。それは言ってみれば撮影者でもカメラでもない「写真が写真を撮った」瞬間とでもいいましょうか。意味不明と言われそうですが「これぞ写真だ」と思うような写真…という意味です。

緻密に計算された構図や比率、巧みな露出コントロールやそのほかの表現など撮影者の感性と経験、あるいはセンスや作家性などによって生まれた完璧に作られた写真は紛れもなく「人」の生み出したもの。

まるで本物がそこにあるような高精細な画質、ノイズの無い美しい星空の写真、圧倒的な画角による印象作品などはカメラ、レンズの性能や特徴が生み出したもの。つまりカメラが生み出した写真。

一方で上の作品のようなドキュメンタリータッチなものは一見すると構図や露出などは一切の配慮はなく、撮った意図でさえ荒唐無稽にも見える写真は瞬間を切り取るアートであることを強く感じさせます。

瞬間… この瞬間というワードほど写真にとって重要なものはないのではないでしょうか。かつてアンリカルティエ・ブレッソンが「決定的瞬間」という言葉をはじめて使ったとき、きっと写真とは瞬間であると強く感じたのだと思います。

私たちのいる世界は常に一定の時間が流れている三次元の空間。これを二次元の瞬間にするのが写真であり、その中に何を写し込むのかが「いい写真」が生まれるためのヒントなのではないでしょうか。

つい溢れる情報に惑わされて優れた撮影技法、高性能なカメラ、話題の撮影スポットに関心が行きがちですが、いちど冷静になって再考してみましょう。写真とは「瞬間」で魅せるか「空間」で魅せるか?ということに。

明日から貴方の写真が変わるかもしれません。




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