旅の記憶風景とツーリング写真

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「想い出はモノクローム」なんて大瀧詠一の歌がありますが、最近になってカバーされてテレビCMになっていますよね。人の記憶に存在する風景とはモノクローム写真のように明瞭さがなくぼんやりとしたものです。

旅の記憶は古いほど詳細は薄れゆき、印象深く刻まれた部分だけが残されていきます。そこまで辿り着いた経緯や交わした言葉などは消え、脳内に風景のカケラが散らばっているような感じ…それが記憶風景というものと考えます。

興味深いのはその旅のメインとなる風景は忘れてしまっても、フェリー乗り場で見たたくさんのウミネコや雨宿りに使った東屋の様子など、何気ない瞬間の風景が深く記憶に残ったりすること。これには共感してもらえる人も多いと思います。




記憶風景、または心象風景。

あの時は楽しかった、自分は輝いていた…そんな風に過去は美しいものに少しづつ変化するものだと思います。

尊い部分だけを抽出するように記憶回路に保存し、時間の経過とともにそれを美しく磨いている。意識しなくても多くの人は過去の記憶風景を何度も回想し、美しい状態で保存しているのではないでしょうか。

そんな無意識に美化して保存された旅風景の断片とは、その旅で最もプライベート感を感じた瞬間なのだと思います。プライベート感…簡単に言ってしまえば一人旅で自分の内面と向き合っているような時間。その時に見た風景が深く記憶に刻まれるのかもしれません。

そんな美しくも尊い、それでいてどこか儚い記憶風景を写真で表現するにはどうしたら良いでしょう?写真は今、目の前にある現実を撮るのですがいつか遠い未来に「あの時こうだった」と想いを馳せる一枚の写真を撮るには…




想い出は明瞭な風景ではなくモノクロームのようにぼんやりしているのですから高画質にこだわる必要はありません。最新のカメラや高級なレンズを用意する必要もなさそうです。

難しいのは【今その瞬間を切り取る瞬間アート】である写真が、遠い将来に尊いと思える心象風景として魅せるという矛盾点。きっとこの部分だけが記憶に保存されて磨かれていく…と予測を立てて目の前の風景からソレを抽出するように撮るのがポイントでしょうか。その時のキーワードは「旅のプライベート感」です。

よく人から「写真ばかりを撮っていてツーリングを楽しんでいないのでは?」といったことを言われます。直接そのように言われなくても遠回しにそういった意味と受け取れるコメントですね。もちろんツーリングは楽しんでいます。何より大切にしたいのはいつか旅のことを回想する時に記憶から消えてしまわないよう残しておくこと。

「あの時、こうだったな」と一枚の写真で思い出せる。それがARTと呼べる美しいもの(美しくなくても良いですが)で、他の誰かに良い影響を与えるものであれば尚素敵ではありませんか。

あの日、あの時、あの場所で情熱を破裂させるように写真を撮った。だからこそ記憶に焼かれたツーリングのワンシーン。そんな写真スタイルをこれからは確固たるものとして築いていきたいです。




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