ライラックで駆け抜けた丘

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自宅はマンションであるがバイクを洗車するためのスペースは一応ある。

水道代分の数百円を管理室で払えば1時間も洗車作業できるのだ。

本当は庭付き一戸建てにガレージというのが憧れだけど仕方ない。

我が家のマンションは管理人と警備員が常駐、日中は数人の清掃員もいて管理体制は手厚い。

大型バイクを2台も維持するのは費用だけでなく洗車やメンテナンスの手間も2倍だ。

それでも2台並べて洗車する時間はちっとも苦ではない。2台同時には乗れないけど洗車なら同時にできる、このひとときが幸せだ。

「こんにちは 今日は洗車日和ですね」

このマンションの管理人さんでもっともベテランの田中慧さんがやってきた。

他の管理人さんや警備員さんに「田中さん」が何人かいるため、下の名前で呼ばれている。最初に会った時に「慧眼のケイと書いてアキラですよ」と言われ、はて?慧眼のケイってどんな字だ?と自分の未熟さを痛感したものだ。

慧さんは10年以上はこのマンションの管理人をしているけど、もう嘱託なのだろうか?年齢は70後半はいってそうだ。元気だけど笑った顔のシワは深い。

ええ、今日はいい天気ですね。

前回の雨天走行から手入れをしていなかったR1200GS-ADVENTUREの下回りを入念に洗っていた。バイクの洗車は拭き掃除が一番良いのは知っているけど、こうしてたまに水洗いしないとハードなツーリングの汚れは落ちなくなってしまう。

おしゃべりが好きな慧さんに付き合ってしまうと、洗車が全くはかどらなくなるのを知っていたので軽くあしらってしまった。

「このオートバイは何ccですかね?」

ほらきた!この質問。高齢紳士がバイク乗りに投げかける定番の質問が排気量だ。バイク乗りなら誰でも一度は聞かれたことがあるだろう。

慧さんはかれこれ、ここ10年間の間でその質問を私に軽く100回はしただろう。会うたびに必ず「このオートバイは何ccですかね?」と聞いてくるのだ。もちろん都度1200ccですよ、と丁寧に対応しているのだが何度教えてもこの質問は終わることがない。

・・・これは1200ccですね。

この日も一応は質問にこたえた。私の苦笑いを察してか、冷たい言い方が過ぎたか、慧さんはそれ以上話さず「ごゆっくりどうぞ」と言い残して行ってしまった。

それから数か月後。

駐輪場でR1200GSのバッテリーの着脱やら、エンジンオイルの補充やらをしていたとき。慧さんがやってきた。

「あぁ、どうもこんにちは やっぱりBMWはいいですね」

いつものように何度か他愛のない会話をした後に

「このオートバイは何ccですかの?」

安定の質問がきた。

前回、洗車場で会った時は少し冷たい言い方をして悪かったな…という思いもあったので、この日は少し慧さんのおしゃべりに付き合うことにした。

「むかしは陸王やメグロを仲間達でノーヘルで乗り回してねぇー」

陸王とは1937年頃にハーレーの輸入を行っていた三共(製薬会社の)が自社ブランドとしてハーレーダビッドソンにライセンスを得て作った日本版のハーレーだ。しかし陸王は相当古い。慧さんの年代の人が若かりし頃から20年くらい前のバイクだ。そう多くは存在していないはずなのに、この年代の紳士は口をそろえて「昔は陸王をころがしていた」と言う。本当なのだろうか?

しかし慧さんの話はその先から急に信憑性をおびてきた。

「私は仲間が陸王だったけどアメリカンは好みではなかった。ドイツ軍のバイクが好きでBMWのようなシャフト機構が好きだったんだ。そこでライラックを父に土下座して金を借りて買ったんだ」

ライラックは1950年代に存在した丸正自動車が生産したオートバイだ。ドイツ軍のBMW R69Sを参考にしたシャフトドライブ機構と水平対向エンジンをもつ当時としては先進的なブランドである。本田宗一郎の弟子と言われる創業者、伊藤正の「藤」の字から藤の花を意味するライラックと名が付けられた名車である。

これはシャフトドライブ、水平対向エンジンのBMW R1200GSに乗っている私にとって聞き流せない情報であった。慧さんが本物のバイク乗りであったとは知らなかった…

「ライラックもこのBMWみたいに水平対向エンジンにシャフトドライブでねー。今は技術の進歩でこんなに凄くなったけど、その2点は昔と変わらないのが良いね。しかしこんなに大きかったかな?それとも私の体が小さくなったのか・・・?」

バイクが大きくなったのですよ、慧さん。

「むかしは舗装路なんて少なかったからさ、仲間と砂煙あげてそこらじゅうを走り回ったもんだ。アクセルを開けるとケツがはねて、エンジンは左右にゆれてね。でも速かったよ。警察になんて絶対捕まらなかった。むかし、バイク乗りは警察に追われたら逃げるのが当たり前だったね」

慧さんは少年のような笑顔で熱心に語ってくれた。

「ある日、仲間と一緒に北海道の最北端を目指して旅に出たんだ。仲間はドリームE型、陸王RQ750、私がライラックドラゴンTW。途中で何度も故障したり仲間が転倒して骨折したり、色々トラブルがあってね。でも楽しかったな。どこか場所は失念したけど、大きな丘に登って仲間たちと雄大な空の下を走り回った。結局、いろいろあって最北端にはたどり着けなかったけど、あの丘を走った記憶は色あせない。懐かしいなぁ」

また乗ればいいじゃないですか。バイクに。

「いやぁ~さすがに80になろうかという老いぼれに… また乗りたいけど昔の風景や風の感触を思い出して、輝いていた過去に想いを馳せるのが老人なのですよ!」

「・・・それに、もう体がうまくなくてね」

そう寂しそうに言って慧さんは巡回に行ってしまった。

それからしばらくの月日がすぎて慧さんの姿を見かけなくなった。管理会社の所長に慧さん見かけないけどどうしました?と尋ねると。

「それが慧さん1年前からガンだったみたいでね、ここ数か月で悪化しているみたいで。先月付けで退職されたのですよ」

ええっ?

「先週から後任の管理人が本部からきましたので、こんどご紹介しますよ」

そうでしたか…それは知らなかった 長いことお世話になったのに挨拶もできずにお別れになってしまった。つい最近になって慧さんのことが少し好きになった私は軽くショックだった。

「ところでこのオートバイは何ccですか?」

あっ えっと1200ccですね。

突然知った慧さんの病気と退職のこと。事前に知っていればもっと話をしたかったのにな。100回以上も排気量を聞かれてうんざりしていた自分に急に嫌気がさしてきた。寂しい…とにかく寂しい。うっとうしいけど居なくなると途端に寂しくなる、そんな人ってたまにいるけど慧さんも正にそんなタイプの人だ。

それから数週間後…いつものように洗車場にR1200GSを置いてメンテをしていたある日。真新しい制服を着た見慣れない管理人さんがやってきた。

「こんにちは 大きいバイクですねー」

慧さんの後任で来られた管理人だそうだ。年は慧さんより10は若いだろうか。恰幅がよくおしゃべりが好きそうな感じだ。

あ、どうも、よろしくお願いします。

何となく嫌な予感がしたので忙しいフリをして手短に挨拶だけした…

と、次の瞬間

「このオートバイは何ccですか?」

・・・end