ところで「いい写真」ってどんな写真???

Pocket

EOS6D Mark2 + EF135mmF2L

「いい写真を撮りたい」これはカメラを手にする全ての人の共通の願いですね。

でもいい写真って誰がどう決めるの??いい写真の定義ってあるの?

一枚のプリントがオークションで高額で取引されるようなART写真界であれば、キュレーターやコレクターがその価値を決めてくれます。しかしARTといえど資本主義社会なので「いい写真」を絶対値で評価するのはやはり金額です。

一般写真界にはそのような絶対値で評価できる基準は何もありません。いつも撮る人、見る人が主観的にいい写真を決めているのが現状です。

一般写真界における「いい写真」とは何だろう?

ある人は「撮った自分が【いい】と思った写真がいい写真である…」と言いました。

なるほど、これは確かにいい写真における絶対条件と言えそうです。

自分がいいと思わない写真を撮って、それが好評を博したとしても

それは偽りの表現となります。誰だって自分に嘘はつきたくないですからね。

撮った自分がいいと思った写真であること…でもコレって当たり前過ぎると思いませんか。

こういった意見が存在している…ということは自分でいい写真だと思わない写真を撮っている人が多いことを意味しているのでしょうか。何だか寂しいですね…

それ以外に何かないでしょうか?

見る人の趣味趣向に合致していること。

これも少なからずあると思います。例えば風景写真であれば風景写真の愛好家に見てもらう、といった具合にジャンル別に発表する場を選べば「いい写真」は成立しやすいです。

夕陽に焼ける富士山、美瑛の丘にかかる虹、美しい女性、可愛い子猫…これら多くの人に受け入れやすい被写体であれば、誰に見せても評価される写真になります。一方でオートバイが写った写真をオートバイに対して良いイメージを持っていない人に見せれば良くは思わないでしょう…

写真に対する見識の深さについても作者と観賞者のレベルが合致していれば「いい写真ですね」という評価を得やすいものです。高度なARTとしての抽象的な作品を写真の見識の浅い人に見せても理解不能なものです。

「いい写真」であるか否かは見せる相手によって変わるものと言えそうですね。




世の中には実に多くの人が多種多様な解釈のもとで写真文化に触れています。

流行のものを追いかけたりカメラというテクノロジーの進化に関心を寄せたり。収入を得るための商用写真。ドキュメンタリーとして社会問題を提起するもの。記憶にとどめる目的で人生の大切な瞬間を記録するもの。本当にいろいろあります。

一枚の写真を自身の表現であると信念をもって挑むのであれば、これら一般に普及している写真文化の全てを対象に発表するのは如何なモノでしょうか?

RICOH GR

分かる人にだけ見てもらえればいい…発表の場を慎重に選ぶこと。

私の場合は最近それでもいいと思うようになりました。むしろSNSで「いいね」をもらうような薄っぺらい評価を何百何千ともらうより、一人の人に心から共感してもらえた方が嬉しいです。

多くの人から「いい写真ですね」と評価されれば誰だって悪い気はしないですし、できればいつもそうでありたいと思うものです。しかしその欲望は宗教的に言うと煩悩のようなものかもしれません。

万人ウケはもうやめよう…という少しの勇気があれば簡単。そろそろ目覚めよう。

みんなと一緒の写真、大衆的な写真文化、カメラというテクノロジー・・・これらに塗れるのは退屈だよ…ほんとうにみんなが目指したいのはソコじゃないでしょ??

まずは試しに好奇心だけを頼りに奇妙な一枚を撮ってみようではないか。

案外それが「いい写真」なのかもしれませんね・・・




にほんブログ村 バイクブログ バイク写真へ
にほんブログ村

にほんブログ村 バイクブログへ
にほんブログ村


バイク旅ランキング