三途の川と血の池ツーリング

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2008年8月

一週間前、千葉にある職場から仕事を終わらせて、そのまま旅の荷物をパッキングしたR1200GSに乗って東北自動車道を北上した。岩手山SAで仮眠し青森港からフェリーで函館へ。この時はとにかくたっぷり走りたかった。まだ新しい愛車であったR1200GSからも「たっぷり走ろうぜ」と誘われている気もした。

今回の旅は函館からニセコエリアに入り、ニセコパノラマラインを走って日本海側へ、小樽から海沿いに天塩方面へ走りオロロンラインを経て稚内。最北エリアを楽しんだら美深へ向かい道北スーパー林道のロングダートを楽しんで富良野、美瑛エリアと花人街道を南下。日勝峠を越えて屈斜路湖まで行ったら再び海を目指して知床半島。そこから北太平洋シーサイドラインを走り根室エリアの最果てを味わう。最後は黄金道路を襟裳岬まで走って海沿いから伊達市を通過して函館に戻るという、北海道ツーリングのフルコースだ。

加えて大洗~苫小牧のフェリーは使わず、東北自動車道を自走する計画なので全ての行程を合わせると5000㎞にもせまるロングツーリング。それだけ走っても疲労感は少なく「まだまだ走れるけどね」とR1200GSは言う。長旅の7日目にして実に頼もしいバイクだと感じさせてくれた。

しかし、さすがにお盆休みに有給休暇をつなげた8連休。さらに休むわけにはいかない。北海道の全工程を満喫し道内の最終日はアルトリ岬キャンプ場を出発して登別温泉を楽しんでから函館港へ直行し帰路を目指した。函館港フェリーターミナルは一年ほど前に新しい建物にリニューアルされ、まるで空港を連想するような近代的で立派な施設へと変貌していた。

新しいのは良いことだけど一人旅の雰囲気が似合わず観光色が強まった感じで少し寂しい。予約していた便よりもだいぶ早く到着したので、カウンターでもう少し早い船に変更できないか?と尋ねると、ちょうど新造船の高速船にキャンセルが出たので今すぐ乗れると…。ちょっと料金が高かったが、受付のお姉さんが「お客様はラッキーです」みたいな言い方だったので、まあ良いかと思って新造船【ナッチャンWorld】とやらに乗ることにした。

しかしこのナッチャンWorldという高速船、驚いたことに海面から浮いて航行するジェットフォイル型であるにも関わらずカーフェリーというすごい船。船内も空港のラウンジサービスのような高級感がある。いざ出港すると乗っていて速いのが分かるほど高速で揺れも少ない。料金が高いのも納得で良く見ると他のバイクも輸入車ばかり…自分のバイクも輸入車だけど、少し場違いな感じがした。




通常の船と違いあっという間に青森港へ着いてしまった。予定よりもだいぶ早いので下北半島をツーリングして今夜はむつ市にある国設薬研温泉キャンプ場に泊まろうと決めた。国設薬研温泉キャンプ場は北海道ツーリングするライダー達が渡道、または戻りで一泊する定番のキャンプ場だ。この日はお盆休みのUターンラッシュと重なるため混雑が予想される。

「混んでいたら嫌だな」そんなことを考えながらR1200GSを走らせていると、何やら辺りが重苦しく荘厳な森の風景を走っていた。恐山だ…。日本三大霊場といわれるこの地は極楽浄土の景色が見れると聞いたが本当だろうか?心がなんとなくザワザワする感じを覚え、私はいま最もあの世に近いと言われる場所をR1200GSで走っているのだ。

ほどなく走ると日没が近づいてしまった。ちょっとのんびりし過ぎてしまったようだ。ここからキャンプ場はそう遠くはなさそうだけど、この時間に行ったらテントを張るスペースも限られているかもしれない。そんな風に思ったとき、目の前に息をのむような美しい湖が現れた。「うわっなんだここは、綺麗だな」まるで南国の海のようなアクアブルーに白い砂浜。その入り江は箱庭のような小さな空間で湖というより海だった。

間もなく日没だし明日は高速の渋滞を回避したいので午前3時には出発したい。キャンプ場でそれをやると迷惑だから、この場所で野宿してしまおうか…。辺りの様子を細かくチェックし、火を使わずテントを張るだけなら良いだろう…と思い、この美しい砂浜で野宿することにした。

MSRのテントを張り終える頃には周囲は魔時の雰囲気になり、山の稜線に沈みゆく夕陽が息をのむほど美しい。辺りは気味が悪いほどにシーンと静かだった。

美しい夕陽のショータイムを満喫してコンビニで買ってきたオニギリを食べ、明日は早いのでビールも飲まずに寝ることにした。7日間で走り切った疲労感が適度に気持ちよく3時まで良く眠れそうだ、とこの時は思った。

しかし、どうにもうまく寝付けない。寝袋の中でモゾモゾと動き回っては目が冴えて。静かな周辺がなぜか騒々しいような気配を感じてしまい、安心して眠るような気分ではなくなってしまった。

暫くすると一台のバイクの音が近づいてきた。250くらいの単気筒だろうか。そのバイクは私の近くまで来て少しの間止ってアイドリングしていたが、やがてエンジンを停止させた。「誰かくるな」と思いテントから出てみるとそこには懐かしいホンダAX-1に乗った若い女の子がいた。

AX-1の後部には北海道を旅してきたのか?たくさんの荷物が整然とパッキングされていた。ウェアーはこれまた懐かしい上野バイク街にあったCORINで売っていたファクトリーベアだ。派手な蛍光カラーと熊のマークが80年代していて、いま見ると新鮮だ。20年以上経った今でもよく手に入ったと感心してしまった。

彼女はヘルメットを脱ぎ笑顔で「こんばんは」と言った。小さな顔は80年代風に言うと小麦色に日焼けしていて、髪は三つ編みでツインテール。バイクもウェアーもライダーも全て80年代という感じで驚いた。




「あっ、どうもこんばんは。君も北海道を走ってきたの?」

「いいえ、私はずっとこの辺を走っているの。今日、ここでキャンプするの?」

「キャンプ場は混雑だろうし、明日は3時に出発するので少しだけね」

「それでしたら、私もご一緒していい?」

えっ、君もここで野宿するのか?女の子が?近くにトイレはあるけど、誰も居ないこんな場所で見ず知らずの男と2人でキャンプ? …戸惑ったが私の返答を待つことなく、彼女はAX-1の後部に積載された荷物を解き、テントの設営をはじめてしまった。

しかしこのAX-1、旧車をレストアしたとは思えない新車のような輝きを放つ。通常、カウルなどの樹脂パーツは退色するもので、綺麗に手入れしていても古い物は見れば分かる。しかしどうだろう?まるで新品パーツのような色をしている。ホワイトのキャストホイールも塗装し直したのか、掃除のしにくいハブの周辺まで真っ白だ。まるでタイムスリップしてきたようなAX-1だ。

テントはこれまた懐かしい80年代の蛍光パープルと鮮やかなイエローのダンロップ ダルセットシリーズだ。太いポールが現代のテントとの違いを感じる。かなり手慣れた様子で私のテントの3mほど隣にダルセットテントを設営した。

「私、妙子。いつもこの辺を走っているの。こちら側の浜は極楽だけど、あの川の向こうは血の池があって地獄なのよ。今はお盆だから賑やかね」

「はあ?」

最初は何の話をしているか分からなかったが、妙子の話を詳しく聞くうちに、ここは宇曽利山湖という湖で極楽浄土の浜、三途の川、血の池地獄がある霊場であり、いまは多くの死者がここへ集まる時期なのだと。そんな恐れ多い場所で私は何も知らずテントなど張っていたのだ。それは寝付けなかったのも納得だ。

時計を見ると20時をまわったところだった。

「知らなかった…それなら、バチ当たりだから俺はもう撤収して失礼するよ。」

と妙子に伝えたが「私がいれば大丈夫」とほほ笑むだけ。なぜ?彼女がいれば大丈夫なのだ?ここの番人であるかのように自信をもってそう言う。まあ、彼女もいまテントを張ったところで、そこで私が帰ってしまえばある意味失礼でもある。そう思い予定通り3時までここで寝ることにした。

「明日、俺は3時には出発しちゃうけど大丈夫かい」

妙子は微笑むだけで言葉を発しなくなった。やがて強烈な眠気が襲ってきて堪らず「もう俺は寝ちゃうね」と残してMSRテントの中へ滑り込んだ。その後、おそらく秒殺で熟睡したと思われる。

サーマレスト製のマットを砂浜の上に敷いた寝心地はちょっとした高級ベッドのような寝心地だ。夢の中でもその心地よいフワフワ感に包まれ、見えた訳ではないが辺り一面に花が咲き乱れ心地よいそよ風が吹いている中を寝ているようだった。

深い眠りの中でいい香りを感じた。夢なのか現実なのか曖昧なままその香りが何であるか記憶の糸をたどっていた。白檀の香りだろうか?それとも何か別の花かな。とても品があり高貴な香りという感じた。すると人の話し声が聞こえてきた。何人かの人が湖に立っている。それは宇曽利山湖ではなく別の風景で、そこにいる数人の人は見たことも会ったこともない男であった。

「誰だろう?何を話しているのだろう?」

あのう?どうされましたか?

尋ねても私の問いかけは虚しくも無視されているようだ。

「妙子がいない。妙子が帰ってこない」

「だから北海道に行くなんて、俺はとめたんだ!」

男たちはこんな会話で何やら妙子のことを話していた。

私は自分がなぜここに居るのか?ここがどこかも理解しないまま男たちに向かって

「あの~、AX-1に乗った妙子さんのことでしたら、宇曽利山湖でキャンプしていますよ」と告げると男達は私の方を見て不思議そうな顔をし、近くにある木を指し示してこう言った。

「あの木は衣領樹といって奪衣婆が死者から奪った服をかける木だ。枝のたれ具合でこの世の罪の重さを測るものだ」

その衣領樹とやらに目を向けると妙子が着ていたファクトリーベアのウェアーがかかっていた。枝は大きく垂れ下がり地面すれすれの位置だった。男の話がもし本当であれば妙子は既に死んでいて、現世での重い罪を奪衣婆に知られてしまったところだと言う。




そ…そんなバカな。再び男たちがいる場所へ目を向けると、もう彼らの姿はそこにはなく、代わりに幾つかの風車が水面に刺さって風を受けて回転していた。

「もういいのよ」

どこからともなく、妙子と思われる声が聞こえてきてハッと目が覚めテントの中で飛び起きた。2時45分… 変な夢だった。アラームをセットし忘れていたが、夢から覚めた瞬間が偶然にもちょうど良い時間だった。不思議なことにテントの中には白檀のような良い香りがまだ仄かに残っていた。

よく眠れたせいか体の中から清々しさが湧きたってくるような感覚だ。まるで夢の中でみたあの世界が極楽浄土であり、心身ともに清浄されたようだ。外はまだ真っ暗だが心は明るく、生まれ変わったような気分である。

テントの外に出ると妙子はもういなかった。テントもAX-1もない。それどころか砂地であるにも関わらず、AX-1が通ったはずの場所にタイヤ痕がないし足跡すら見当たらない…」

…早くここを出よう。

急に怖くなりテント撤収時間が僅か10分という最速タイムをマークしてR1200GSに火を入れて砂浜を出た。いちど停止しナポレオンミラーに目をやると、地面にあるはずの無かった一輪の赤い風車がそよ風にゆられてこちらを見ていた。

「…ありがとう。妙子さん、もう行くね」

東の空が明るんだ山の峰々にR1200GSのボクサーツインサウンドがひびいた。

※奪衣婆(だつえば)…三途の川のほとりにいる鬼形の姥。衣領樹(えりょうじゅ)…奪衣婆が奪った死者の衣服をかける樹木

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