アホな青春バイクコラム【空中遊泳ライディング】

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1991年2月

高校生だった私は90年式VFR400R(NC30)を愛車に峠を走るバリバリの走り屋だった。そう…バリバリで、ある。NC30はエトスのレース管、HRCのCPU(点火系統変更とリミッター解除)、BEETのエアロシャークフェンダー、コワースのバックステップ、タイヤは横浜のゲッター003、下品な耐久カウルなどは装着せずパッと見はノーマル然とした玄人スタイルだ。

地元の仲間でチームを作りお揃いのトレーナーを革ツナギの上に着て峠を走る。私は学校では真面目を装っていたので、夜の埠頭走りはせず昼間の峠専門。走り屋の中でも不良系ではなく見た目は普通の高校生だったと思う。

その日、同じ高校に通う同級生のSと行きつけの峠の近くのコンビニでたむろしていた。週末の峠は100台近いバイクが集結し、事故や近所迷惑が問題となって定期的にパトカーが巡回にくるのだ。パトカーがやってきたときは決まってこのコンビニに避難し仲間たちとダベりながら時間を潰した。その日もおばちゃん婦人警官2人が乗ったミニパトがやってきてマイクで怒られた。

「ここへ来ているライダーのみなさん、騒音が迷惑です。ただちに家に帰りなさい。高校生は学校へ通報します。」

S「あの婦警のオバちゃん、母ちゃんに似ていて気持ち悪い」

ここ最近になってよく見かけるミニパトの婦警2人。確かに運転していた婦警さんは糸のように細い目と毛虫のような眉毛がSにそっくりだった。しかし笑っては友人であるSに悪いと思ってこらえた。




Sは数か月前に高校を中退してしまい、来年度の春から北海道の余市にある少々変わった高校に入るのだとか。性格が悪すぎて学校の不良グループから酷いいじめを受けて不登校になってしまったのだ。余市の高校は中退した学年から始めることができる全国で唯一の高校なのだとか。北海道へ行く4月まではバイク便のアルバイトをしながら悠々自適にプータローを満喫するのだと。

Sは古いボロボロのRG250ガンマから89年式のNSR250R-SPに乗り換えていたが、こちらも走り屋にいじり倒された酷いポンコツだった。せっかくのマグネシウムホイールが缶スプレーで蛍光ピンクに塗装され、ところどころ剥がれて目も当てられない。エイのような耐久カウルはヒビだらけで番線で縫われている。タンクについてはよそのチームのステッカーがびっしりと貼ってありロスマンズカラーの面影もない。

Sはとにかく転倒や事故、トラブルの絶えない破天荒なヤツで地元の警察からも目を付けられていた。Sの無茶苦茶ぶりは主に自分でイジった改造に由来するものが多かった。

走行中にスプロケットが緩んで外れたチェーンがアームに挟まり、タイヤがロックしたまま湾岸道路の交差点に突っ込んだり、走行中にブレーキキャリパーが外れてコーナーを曲がり切れず川に落ちたりとブレーキ系の整備不良が多かった。一方でキャブレターのセッティングとか、自分で腰上をオーバーホールしたエンジンとか、気味が悪いほど高回転までよく回る極上エンジンに仕上がったものだ。エンジンは絶好調だがブレーキは壊れるという地獄への片道切符のようなバイクがSのバイクなのだ。

「そういえば茂原のチームのY君、S山で転倒して腕を骨折だってな」

S「おうよ。」

「1年のTも免許とって早々に事故って左脚を骨折、後方排気(TZR250)も廃車だって」

S「おうよ」

「みんな骨折が多いな」

S「みんな鍛え方がたんねーんだ。それに事故り方が下手だ」

「事故り方に上手いも下手もあんのか?」

S「おうよ。俺なんかな、バイク便の経験が長いだろ?都内なんて行くとタクシーとしょっちゅう接触事故だからよ、事故り方もダメージが少ないように上手いことやんだな」

「へ~すげーな」

Sの糸のように細い目が光った。

S「あ~これは当たるってなったとき、タクシーのどの部分を狙って突っ込むか最後の瞬間までコントロールすんだ。そんで体が空中に投げ出されたら、姿勢を整えて着地点を探す、例えば植え込みとか土の地面とかな。あと道路を滑走している時は反対車線に出ないようスキーみたいに進路を調整するんだ」

「まじかよ」

S「空中を飛んでいる時や道路を滑走しているときに、瞬時にこの先どうしたらダメージを最小限にできるか考えるんだ、後は本能で勝手に体が正しい方向にいく」

「そうえばオマエ、何度も事故っているけど骨折とかしないよね」

S「おうよ、俺は骨折なんてしたことねえ。これからもそんなマヌケなミスはしねぇ」

Sはいつでも上から目線で自信満々の男だった。だから嫌われていじめを受ける羽目になったのだが…。しかしその自信は説得力のあるものが多く、暴走族に追い回されて逃げる時にうまいこと誘導したり、骨折した仲間に当て木などして的確な応急処置をしたり、強く頼もしい一面も持っていた。

S「俺、夕方からバイトだからもう帰るわ」

手に持っていた鉄骨飲料を飲み干して細い目が言った。

「おう、そしたらここ、中央分離帯で右折できないから先の交差点でUターンしたら豪快にウイリー決めていってくれや」

S「おうよ、みせたら俺のウイリー」

「4速までつなげよ」




Sは峠ではパッとしない速さで私のNC30に追従することも出来なかったがウイリーの技術は素晴らしいものがあった。ほぼ垂直の角度を安定してキープし確実に加速していくのだ。どうやったらあんな角度であの加速ができるのか?といつも感心していた。

Sは汚いプリカーナのツナギのファスナーを首元まで上げ、同じく汚いAraiラパイドを被って颯爽とエンジンをかけ、NSR250R-SPボロのまきちらすイチゴの香りの白煙(※)の中にその雄姿を霧散した。

ほどなくして先の交差点でUターンしてきたSが吹け上りの良いレーシングマシーンのようなエンジン音をSSフクシマのチャンバーから響かせて近づいてきた。それはまさに【主役の登場】を意味するSの咆哮に他ならなかった。私たちの視界に入るころにはとっくに垂直ウイリー状態になっていて既に3速ギアに入ったところだった。

「すげ~、かっこいいな」コンビニにいた走り屋達、他の客、店員までもがSのウイリーに視線を釘付けにした。

私の目の前を通過する刹那、ラパイドのシールド越しにSの糸のように細い目、毛虫のような眉毛が「どうだおまえら!」と誇らしげに光った。

その直後…「ウォン!!!」というエンジン音と共に均衡を保っていた何かの支えが破綻したようにNSRは左右にふら付きはじめ、垂直ウイリーの車体は無重力空間で月面着陸を試みるような謎の乗り物と化した。

「うわ、あぶな」

バランスを崩したNSRは中央分離帯の緑地に積んであった工事用資材の山に突っ込み、Sの体は空中に投げ出され美しい放物線を描き始めた。

あ…空中でコントロール…??私がそう思った矢先、Sが目指したランディングポイントは誰も予想しないエリア51だった。




ミ…ミニパト?!

先ほど峠に来たSのお母ちゃん似の婦警のミニパトがちょうど反対車線からやってくるところだった。そのフロントウインドウにSは背中から突っ込みガラスは粉々に砕け散った。衝撃か回避か進路を逸れたミニパトはそのまま縁石を乗り越え、コンビニの隣にあった小児科の駐車場に突っ込んで止った。

あわてて私と仲間達はSの居ると思われるクラッシュしたミニパトへ駆け寄る。騒ぎを聞いたコンビニの店員や他の客もやってきた。車体の下からクーラントが流れ出ている。車内をのぞくとSはミニパトの運転席と助手席を橋渡しにするような恰好で車内で横たわっていた。その様子は運転席にいたお母ちゃんに寝かしつけてもらっている子供のようにも見えた。

「まあ、たいへん…大丈夫あなた」ガラスの破片まみれの婦警が慌てて言った。

糸のように細い目、毛虫のような眉毛の・・・の太ももを汚いラパイドが膝枕に。その内部に同様に糸のような細い目、毛虫のような・・・ Sである。反社会的なローリング族と社会秩序を取り締まる警察の相反する両者が、母子の愛で和解したような不思議な空間だった。

「ぷっ…ダメだ」

私は親友の不幸が蜜の味を通り越し、袋に火が付いたように笑いがこみ上げてきた。笑っては駄目だ!と思うほどにおかしく感じた。しかしSに見られたらブチ切れされると思い必死にこらえた。

車外に出されて手当されるSは右足の膝下がどうも様子がおかしい。通常、人間の足は膝の関節は後方にしか曲がらない構造だ。しかし今のSの右足は小学生の時に説明書を読まずに組み立てたガンダムのプラモのように前に向かって曲がるのだ。

婦警「まあ、大変だわ、これは骨折よ。救急車はいま無線で呼んだからね」

「ぷっ、お母さん、これは明らかに変な足ですけど骨折ではありませんよ」

婦警「私、この人のお母さんじゃありませんよ!」

「あっすいません。でもコイツ、つい数分前まで絶対に骨折しないって言ってましたよ」

数分前までの自信に満ちたSの顔は蒼白で、Sのことを良く知る走り屋連中は「ざまあみろ」といわんばかりにニヤけていた。中でも酷いのはその中の一人はコンビニに戻ってわざわざ【写ルンです】を買ってきて前方に曲がったSの足と一緒に記念撮影まではじめた。

婦警「あなたたち、やめなさい、友達が大怪我しているのに」

「お母さん、大丈夫ですよこれくらい、いままでガソリンあびて火だるまになったり、脳にドライバーが刺さったりしましたが死にませんでしたから」

S「母ちゃんじゃねえっつの!!」こんどはSが叫んだ。

その直後、駐車場の主である小児科の医院長らしき高齢紳士がやってきた。

「大丈夫ですか!あぁ、これはひどい事故だ、救急車が来るまで当院の中へどうぞ、さあお母さんもご一緒にどうぞ」

S「母ちゃんじゃねえっつの!!!!」

やがて遠くから救急車のサイレン音が聞こえてきた。

…END

※2ストロークエンジン用オイルは当時、イチゴやらココナッツやらの香りのするものが発売されていました。

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