写真は自由主義 新たなツーリング写真文化の一年へ

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、あけましておめでとうございます。本年も究極のツーリング写真をよろしくお願い致します。

去年から続いている新型コロナウイルスの問題がまだまだ解決の兆しが見えてこない昨今ですが、ウイルスとの共存を学び新たな生活をはじめて2021年は明るい一年にしていきましょう。

こんな大変な世の中ですが自分の内面を見直すチャンスとも言えます。私は仕事もプライベートも地味なもので、コロナ渦を受けても大きな変化はありませんでしたが、それでも家にいる期間に自分にとっての写真とは何だろう?と見直してみました。その時に見つけた答えを頼りに2021年は新たな挑戦をしてみようと思います。

EOS6D Mark2

さて新年の一回目となるこの投稿ではこんな写真を選んでみました。




千葉県は南房総、鋸南町から見た冬の富士山です。手前の小さな漁船に露出を合わせた少々ローキーな雰囲気をまとった作品です。

見たままの風景の再現ではなく感じた風景の再現です。実際の様子と大きく異なる露出(明るさ)ですが、あえてこの露出に設定して撮ってみました。富士山にかかった雪と雲の様子、際立つ小さな漁船。これにより雄大な自然の中での人の営みを感じ取ってもらえたら良いな…そんな想いを一枚にこめました。

これを見て「なんだ実際の様子よりもうんと暗くして撮っただけでインチキではないか。写真は見た通りに撮るべきだ!事実をストレートに撮ることこそ正しいのだ!」とおっしゃる偉大な諸先輩もおられるかもしれません。しかし「見た通り云々」とは人間の目のことですよね?目が脳に送る景色の明るさは必ず正しいのでしょうか?

人間の目は生活する上で不自由がないよう景色の詳細を明らかに伝える露出設定だと思います。薄暗い場所で段差でつまずかないように、路面の黒いシミ(オイル)を見落として転倒しないように、害虫や毒をもった生き物がいてもすぐに気が付くように…と。

だとすると自由が許されているARTな写真を個人的に発表する場において、人間の目が決める明るさに写真も合わせる必要性がどこにあるのでしょうか。私は目でみた明るさは必ずしも写真で再現する必要はなく、時として訴えたい一つだけに切り詰めても良いと思います。その結果、背景などの他の部分が暗すぎたり明るすぎたりしても、大切なことの表現に理想的だと思える露出であれば、それが何より作者の意志によって生まれた真の「適正露出」だと思います。




私たち日本人はどうやら自分たちが考えている以上に真面目な民族のようです。誰かが「こうしよう」と言えばそのような空気がつくられて見事なほどに皆がそれにならいます。本当に自由を与えられた民主主義国家なのだろうか?と疑うほど同調する精神は他のどの国より凄いと感じます。

これは写真文化も同じです。キレイに撮ろう、写真がお上手、手ブレはダメ、構図が命、みんなが撮っている人気スポットはどこだ?、やっぱり最新のカメラでないとだめだ、写真をソフトで加工するのは邪道だ、SNSで映え写真をアップして「いいね」をもらおう・・・こんなの全部ウソで得体の知れない誰かが作り上げたプロパガンダではないでしょうか。

このような見えない空気、同調を強いるようなルールじみた風潮、流行に後れたら恥ずかしいぞ!という圧力…こんな下らない世の風に振り回されるのはやめにしましょう。コロナ後の2021年から…そう今こそやめるべきです。

私たち日本人は真面目な民族です。だからこそ「自由」を与えられることに何か後ろめたさを感じてしまうのかもしれません。写真もSNSでバズッた写真があれば、その場所に出向いて同じような写真を撮り、撮り方もお手本に習っただけのような「画一化されたいい写真」をみんなで撮って満足…。

「みんなと同じにする」「出る杭は打たれる」そういった国民性が日本の経済を成長させてきたのかもしれませんが、皆さんが好きでやっている写真にまでそういった風潮を引き継いでやるのは私は反対です。




「あなたの好きなことを好きなように写真にすればいい」一言でいってしまえばこうなるのですが、それでは写真ビギナーの方も戸惑ってしまうのでヒントのようなことを究極のツーリング写真で綴っていきます。何者からも解放されて自分の好きと自由に向き合うようにシャッターを切れば必ず個性的なART写真が撮れるようになると思いますよ。

だから2021年からは「自由」をテーマに改めて写真と向き合ってみませんか?

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