写真を15年やって思ったこと

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、最近のニュースではコロナやGotoトラベルの話題が多いですが、ガソリン車が2030年で新車販売が禁止される話題もだいぶ増えてきましたね。

2030年をむかえる頃にはバイクはいったいどうなっているのでしょうね。各メーカーからは様々な種類のEVバイクが発売されていると思いますが、果たしてカッコいいバイクが登場しているでしょうか。そもそもバイクの魅力とはイコール内燃機の魅力と言ってよく、ガソリンタンク、マフラー、エンジンの冷却フィンなど、これらの造形がバイクとしての美しさを成立させています。ここが車とは決定的に違うところですね。

そう考えるとバイクをEV化するのは楽器に例えるならサキソフォンを電子ピアノのように改造するようなものです。ベテランのプレイヤー達が「仕方ない、これからはこれで演奏するしかないのだから…」といった感じで現代のライダーは10年後にEVバイクを乗り続けるのでしょうかね。それとも高い税金を払い入手の難しいガソリンを何とか調達して旧式のガソリンのバイクを走らせ続けるのでしょうか…それには限度があると思いますが…。

以前も書きましたが私たちが大好きなエンジンがブルンブルンとかかって、高回転までブチ回せばウォンウォンうなって、煙はいて振動して、やれ寒い朝はエンジンがかからないだの、冬はやわらかいオイルにするだの、プラグの焼け具合をみてニンマリしたり…そんなハートを熱くさせてくれるエンジンのバイクは間もなく絶滅です。

貴重なモデルはオブジェのように保管され、そうでないモデルはスクラップです。だから本当に今から10年くらいが皆が知っている現代のオートバイを現実的に楽しむ最後の10年なのですね。




さて、また前置きが長かったですが…今回は私、立澤重良の写真ヒトリ言コーナーをいってみたいと思います。

EOS6D mark2 + EF135mmF2L

もう写真をやるようになって15年以上のキャリアですが、最近になってようやく理解できてきた事がいくつかあります。今回はそれを書いてみたいと思います。

誤解を恐れずに大胆なことを言ってしまえば、この世に美しいものなど存在しないと思います。また、その逆である醜いものも同様です。

そもそも美しさとは常に人の内面に存在する心の反応で、事実そのものに美醜を判定する絶対的な基準がありません。はるか銀河の星から見つけてきた謎の石をかざして緑に輝けば美しい、灰色に濁れば醜い…といったものが存在すれば別ですが。

風景や被写体の特徴を受けて美しいと感じるかは人次第です。その人が見てきた記憶が基準であったり、感受性の違いであったり、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の個人差であったり、これらの違いで同じものを受けてもある人は美しいと感じ、ある人はそうとは感じない。

そう考えると【美しいもの】を探すようにバイクを走らせるのは愚かな行為ではないでしょうか?正しくは【自分が美しいと感じる事実と出会いたい】ととらえ、【美しいと感じた】を表現することこそが写真ではないだろうか???と、そんな風に思うようになりました。

上の写真は養老渓谷に近い千葉県市原市の月崎林道の紅葉の様子です。この写真は当たり前ですが絵ではなく写真なので嘘偽りなどない事実を撮ったものです。しかし実際のこの場所の様子とは全く違う印象の写真と言えます。もちろん135mmという中望遠レンズを使っているというのもありますが、それに限らず露出の設定、ホワイトバランスの設定など実際に目で見た風景とは異なるものです。

私がこの場所で美しいと感じた風景の再現…と言うのが良いでしょうか。写真用語に「イメージの写真」というのを頻繁に耳にしますね。イメージの写真とは「こんなふうに撮りたい」「こんなふうに写るであろう」と撮影者が事前に脳内に描く空想の写真です。ベテラン写真家はみな当たり前のようにイメージを想像してから写真を撮るものです。




少々脱線しますが人間の記憶とは嫌なことを忘れて美化していく傾向にあるようです。少し前に駅で最初に就職した会社の同僚達に偶然の再会をしました。みな嬉しそうに「久しぶり」「元気してた?懐かしいなぁ」と声をかけてくれましたが、少し会話をするうちに「あの頃はよかった」「いい時代だったな」と20年近く前を輝かしい過去と言わんばかりに話します。しかし記憶を深く辿ると当時は確かに楽しい思い出もたくさんありますが、それと同じくらいに辛かったこと、思い出したくないような出来事も多いと感じます。果たして本当に「あの頃はよかった」のでしょうか?

昔に別れた恋人は記憶の中で尊く美しいです。偶然どこかで再会すると、年をとってしまった事実とは別に何かガッカリするものがあります。はじめて遠くへツーリングしたときに出会った感動の絶景。その記憶風景は美しく特別なものですが、何十年と経ってから久しぶりに訪れると近くに自販機や電柱などもあって、さして絶景ではなく記憶と現実のギャップに落胆することもあります。しかし当時から自販機も電柱も確かに存在しているのです。

どうやら人の記憶風景や想像風景は醜いものは排除し美しくなるよう作られているようです。だからこそ想像してから写真を撮ること、撮って出来上がった作品が自分の記憶風景として合致し尊い一枚になること、これを大切にしたいなと感じます。

それが叶えばきっと本当の意味で「美しい」と呼べるツーリング写真が実現するのではないでしょうか。




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