何気ない日常の中ではっとする瞬間がある。
もちろん旅の中にもそれはある。
ただ一つのもの(こと)が自分を呼んだ気がする。
それは誰も気にもとめない雑草の花だったり錆びた杭だったりする。
そこにそれが在るだけでその場所の雰囲気が何か違う気がする。
自分の大好きなもの(こと)を自分の好きなように撮るから写真は楽しい。
良い写真かは分からないけど自分が納得のできる一枚が撮れたら心躍る。

「静けさをまとう写真」こんな言葉をどこかで聞いたことがある。
例えばこんな写真がそうだろうか?
北海道を旅していると海岸線や牧草地などで見かける廃屋だ。
一枚の写真になったことでかつてここに人が住んでいた証が出来たと同時に
ここで私が写真を撮ったという「私がここに居た」証も出来た。
そういう意味ではこれは記念写真だ。
いつもいい写真を目指すなら記念写真のように事実を写すだけではダメ・・・
なんて言ってきたけど、結局すべての写真は記念写真なのかもしれない。
今夏は仕事が多忙になることが事前に分かっていたので
令和二年のこの年は私の大好きな北海道ツーリングはナシの予定だった。
ここ三年は連続で北海道ツーリングに行けていたので不満はなかった。
しかし、どういう訳か忙しくなる予定は嘘のように消滅し
これまた嘘のように8連休という自由な時間を手に入れた。
「導かれている」
こんな事を言うと笑われるのは承知の上だけど
そうとしか思えない。
今年も北海道に旅立とう。
ただ一枚の写真を撮るために。
北海道が私を呼んでいる。