ツーリング小説 幽玄なる雨の森

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2003年 10月

出羽三山を見に行こう…そんな単純な動機で購入したばかりのBMW F650GSダカールにキャンプ道具を積載して千葉市を出発した。今になって振り返ると私にとって旅らしい旅と呼べる記念すべきファーストアドベンチャーだ。

当時はバイク用ETCなど無くライダーはハイウェイカードを購入し料金所で通行券と一緒におじさんに渡して払っていたものだ。山形自動車道の山形蔵王IC料金所。

「今日は寒いし夜は天気が崩れるから気を付けてね」

暖かい言葉をもらう。

ぱっとしない天気だけど仕事が忙しい合間にせっかく捻出した連休。買ったばかりのBMWに真新しいキャンプ道具。どうしても出かけたかったのだ。それに何よりストレスが溜まってもう限界だ。毎週のように大阪や名古屋に出張。得意先で説明会、支店で会議、帰りの新幹線で同僚と愚痴話。翌日は会社で報告書つくってまた会議。会議、会議…出張、そしてクレーム。もう1人にしてくれ。誰とも口を利かず誰の顔も見ずに2、3日過ごしたい。そんな気分だった。

当時は今ほど天気予報を正確に把握できなかった。出かける直前にチェックした「曇りのち雨」という大雑把な情報だけでバイク旅に出るとは現代の感覚ではいささか抵抗があるものだ。

月山湖の景色を楽しみ湯殿山神社を参拝。当時は旅慣れていなかったので退屈な3ケタ国道を走りつなぐだけのツーリングだった。それでも自分の住む千葉にはない山深い景色に心を躍らせていた。

「そろそろ食材とビールの買い出しをしないと…」国道とはいえ山の中をひたすら走る道。どこに集落があるのか、どこが観光地なのかも知らないで走っているのでスーパーやコンビニを見つけることが出来ない。今でこそコンビニはどんな僻地にも存在するけど当時はスキー場が近くにない限り、山間部には滅多にコンビニはない。

ようやく見つけた商店に入るとビールは売っていたもののキャンプで食べれそうな物は魚肉ソーセージ、貝の缶詰、カップラーメンは2種類しか置いていないときた。しかしこの先に店があるとは限らないので、それらを買ってF650GSダカールのリアに積載した。

朝日スーパー林道。その名前の響きに惹かれてこの旅のハイライトに選んでいた全長52㎞の大規模林道。三面川から猿田川に沿って走るブナの原生林。F650GSダカールを購入する以前はジェベル250、セロー225、スーパーシェルパなどで関東圏の林道をよく走っていたので、オフロード走行は今よりずっと長けていたと思う。この日に選んだ朝日スーパー林道も景色よりもオフロードをたっぷり走りたいという欲望の方が強かった。F650GSダカールも朝日スーパー林道のためにタイヤをミシュランT63に交換しておいたくらいだ。

朝日スーパーライン県境展望台で小休止したころで小雨がパラついてきた。予報よりも少し早く雨が降り始めるのか…と思ったが山の天気は変わりやすいものだ。臆せず新潟県村上市方面を目指した。

「この林道を制覇すれば麓にあるキャンプ場にチェックインできる。そこでゆっくりビールを飲もう」

路面状況は前半は安定の砂利ダートであったが後半は水たまりも多く、加えて雨脚も本降りとなった。県境の展望台から5㎞ほど走った地点で工事中の箇所が出てきた。重機が何台も入って大規模に工事している様子だ。ガードマンに通行止めだと告げられて一瞬焦ったが、もう1人のガードマンに「バイクなら何とか通れるので良いですよ」と言われヌタヌタの泥の中を慎重に通過させてもらった。なぜこのような水を含んだ泥が多いのか…きっと近くでブナを伐採しているのが原因だろう。

「あと1時間もするとバイクも通れないほど削りますが戻っては来ないですよね?」そう言われて戻る予定などなかったので快諾して通った。後にこのことが後悔を招くとは全く予知しなかった。




その後、雨の降りしきる林道を淡々と走りつないだ。暫くすると予想よりもダートが荒れてくるのに違和感を覚える。道はやがて狭くなり生い茂る草木も深みを増す一方だ。

「これはミスルートか?」

四方が山で目印になるものが何もない。完全に現在地をロストしている。コンパスに目をやると南西に移動するはずが北東に進んいるようだ。どこかの分岐を間違えたか?分岐などあった記憶がないけど水たまりだらけの路面に目線を集中させていたので見落としたかも・・・。どう考えてもスーパー林道とは呼び難いフキが一面に生い茂った獣道のような雰囲気になってしまった。

今ではGPSがあるのでダムや川の位置表示で容易に現在位置を確認できるけど、当時は紙の地図とコンパスしか持ち歩いていなかった。進むか?戻るか?決断を迫られたが北上しているこの道は明らかにナシだろう…。そう思って引き返した。雨脚はさらに強まり周辺が黒っぽい景色に変貌した。

30~40分ほどダートを走ると何と先ほどの工事現場に戻ってしまった。街中と違って景色が変わらないので先ほど自分が走ってきた道なのかどうか、180度向きが変わってしまうことで分からなくなるのだ。

「しまった…」

絶望的だったのは工事の人は全て撤収していて道はバリゲートで完全封鎖されて通れない状況だった。再び先ほどの道を戻ってミスルートしないように走るしかない。1時間半くらい頑張って走ればキャンプ場に着くはずだ。しかし時間をだいぶロスってしまった。もう日没が近いが本当に大丈夫だろうか…

ブナの原生林の中を暫く走ると、雨は小降りになってきたがヘッドライトが照らす部分が認識できるほど周囲は暗くなってしまった。ほどなく峠を下ったと思われる場所で何かの管理棟らしき建物があった。林野庁か土木関連の施設だろうか。その駐車場で野宿してしまおうか迷ったが白いバンが一台停まっていて何だかマズそうだったのでもう少し下ってみることにした。

峠を下っていくにつれて砂利ダートはどんどんフラットになっていき走りやすくなったが時計に目をやると19時近くになってしまった。

「もう時間切れだな」

ちょうど工事車両か何かの転回スペースだろうか?広くなっている場所を見つけたので止む得ずここでテントを張って明日の朝までやり過ごすことにした。設営の頃はちょうど雨も止んで気分は悪くなかった。

消耗した体は水分を欲していたようで缶ビールは一気に開けてしまった。僅かな食料はまだ20代だった自分の胃袋を満たすには少なかったが「すぐ寝ちゃおう」と思っていたので良しとした。




20時過ぎには寝落ちしたと思う…そして深夜にゴォォォォーーーーという強烈な音で目が覚めた。テントをたたく大粒の雨の音だった。時計は23時を差している。

雨はやがてバケツをひっくり返したように激しくなり、そして小降りになりを何度も繰り返した。テントの四隅から水が浸入してきたので、雑巾で拭き取って前室で絞ってを繰り返した。しかしその作業も追いつかなくなり寝袋や着替えなど濡らして困る物はマットの上に避難させ、自分は横にもなれなくなったので座ってじっと雨の轟音を聞くだけの時間になった。

起きていると足りなかった夕食のせいで激しい空腹感に襲われる。ビールももう無い。あの時、工事現場で引き返して月山の近くのキャンプ場へ行けばよかった…と深く後悔した。深夜、山奥で独りぼっちで大雨をテントで凌ぐ虚しさ。普段、単独行動派を誇りに思う自分も、この時ばかりは誰か話し相手が欲しいと寂しく感じた。

「あのー、大丈夫ですか?」

外から突然に声がしたので激しく焦った。野宿していて怖いのは動物や幽霊よりも人だ。しかし冷静さを取り戻すとどうやら恐れる者ではないらしい。テントのファスナーを開けて外の様子を見ると作業服を着た高年の男性が心配そうにこちらを見ていた。

その背後には夕方に見た管理棟のような場所に停めてあった白いバンがあった。雨の音が激しすぎて車が来た音は聞こえなかったようだ。どうもこの場所で野宿している自分に何か緊急性を感じたのか、心配して声をかけてくださったようだ。人の優しさがやたらしみる。

「ありがとうございます。大丈夫ですから…夜が明けたらすぐ出ますので」

そういって林野庁か土木関係の人らしき方々にお礼を告げた。白いバンの中には5人くらい乗っていたが皆心配そうにこちらを見ていた。時間は深夜0時半だった。

ちょうどその頃、雨はぱったり止んでF650GSダカールとテントのある場所はシーンと無音の空間に変わった。人と話したことでホッとしたのか、その後は朝まで熟睡してしまった。

翌朝、昨夜の大雨が嘘のように晴れた。もし今なら日向にテントを干して乾燥させてから撤収だが、当時はキャンプのノウハウも浅かったのでグショ濡れのテントを無理やり収納してズッシリ重いバッグをF650GSダカールに積載して出発した。

濡れた森が朝日に輝いて息をのむほど美しい。その空間をバイクで駆け抜ける爽快感は昨夜の憂鬱を忘れさせてくれた。スタンディングポジションでF650GSダカールのステップに立ち、全身にフィトンチッドを浴びてアクセルを開けた。茶色い水たまりも粘土のような泥も、不思議と気持ちよく通過できた。

間もなく麓の集落か、という地点でアンテナ設備のような所が見えてきた。そこで昨夜の白いバンと作業員のような人が2人見えた。バイクの音でこちらに気が付いたようで笑いながら手を振ってくれた。




あとがき

今回はノンフィクションで書いてみました。独りぼっちになりたくて旅に出たが、結局最後は人の優しさに救われたという旅のエピソードです。しかしこの経験が朝日スーパー林道だったか他の林道だったのか?の記憶が曖昧で場所だけが微妙です。とりあえずたぶん朝日スーパー林道という事で…。この時、食料が足りなくて深夜に虚しい思いをした経験から、以降の私の旅では食料を多めに買いすぎてしまう傾向になりました。それは現在でも変わらず、結局食べきれなくて家に持ち帰ることになります。

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