いい写真を撮るために進化すること

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、気が付けばもう7月で2020年も半分が終わってしまいましたね。なんだか今年はコロナ騒動のせいで3月あたりから時が奪われてしまったような錯覚があり、本当に一瞬で夏になってしまった感じがします。

さて今回は写真を趣味にしている人、写真をライフワークとして生きている人にとって上達、進化を確認するための具体的な手法について書いてみたいと思います。

「いい写真を撮りたい」というのは写真をやっている人、またはそうでないカメラユーザーにとっても共通の願いですよね。いい写真とは常にみる側が主観的に決めるもので撮る側としては永遠のテーマと私は考えますが、それでは「いい写真」の指標として見えてこない…というご意見もありそうですのでひとまず「自分がいい!と思った写真がいい写真」と決めてしまうのも悪くないかもしれません。

写真はARTとしての表現なのでみる側を意識することは大切ですが、あまり過剰に意識し過ぎると個性が失われて万人ウケに寄ってしまいます。まずは撮る側である自分が「これはいい写真だ」と納得できる1枚を実現し、それを「私がいいと思った作品ですが、恐れ多いのですが皆さまは如何でしょうか?」と発表する感じが良い気もします。この辺は性格の出るところで私の場合はこんな感じなのですけどね…




さて今回は1年に一度、かならず撮っている季節の被写体で自身の進化を確認してみましょう。というお話です。

EOS6D Mark2

これは古代蓮の仲間で大賀蓮という千葉県の県花です。私の自宅の近所の池に咲いているのですが、毎年6~7月は決まって望遠レンズをかついで撮りに出かけます。

別にお花の写真を専門でやっている訳ではないのですが、こんな美しいお花が近所に咲いているのですから撮らないのは勿体ないです。それに蓮はお釈迦様とも縁深い花ですから縁起も良いですよね。千葉県は日蓮縁の地ですが日蓮宗のお題目「南無妙法蓮華経」は「私は法華経の教えに帰依します」という意味です。そしてこのお題目のサンスクリット語の語源では「白い蓮のお花の経」とあるので本当だと白蓮なのでしょうけどね。

皆さまも桜とか紫陽花とか季節のお花を毎年撮っている、という方は多いと思います。上達している人は去年もよりも今年、そして来年はもっと上手な写真が撮れているとお察しします。

しかし中には去年と変わらない…全く同じような写真を撮ってしまった。と、お悩みの方も多いと思います。・・・大丈夫です。

ビギナーの方はピントを合わせる、ブレない、整った構図、的確な露出…といった具合に撮影技法をまずは習得しないといけません。しかしこの撮影技法とは写真を楽しみながら練習した人には割と簡単に身に付くものです。3年もやっているけど未だにピンボケが多い…なんていう方は少数だと思います(たぶん)。




整理された構図、的確な比率、被写体に合わせた絶妙な露出など「撮影技法」を一通り習得した方が最初に当たる壁はARTとしての写真を自身で理解できない事だと思います。ARTであるからにはお手本通りではダメです。自分独自の美意識をもって被写体の魅力を追求し、習得した撮影技法の中から表現手段として相応しいものをチョイスする能力です。

定石通りにやってもARTは成立しません。私はこの池の大賀蓮の写真を毎年撮る事で、1年間いかにARTに対する見識を深めたか?を確認しています。

EOS6D Mark2

ARTって言うけど所詮は写真でしょ?綺麗に上手に撮ればスゴい写真なんじゃないの?という意見はかなり多いと思います。その通りです。しかしスゴい写真はもう世に溢れていますし私はスゴい写真で人を驚かせようという事に今は関心が無くなりました。スゴい写真はもう撮りたくないのです。

写真も20年近いキャリアを数えますが、写真はやればやるほど、つくづくARTなんだと痛感しました。ただの記録でさえも長い年月でARTに昇華する事もありますし、作者の内面に秘める美への意識も月日で変化することも写真で確認できます。

ARTって必ずしも見る人を驚かせている訳ではありませんよね?現代ARTのように幾通りもの解釈がある難解なARTもあれば、やれアカデミック美術が苦手とか印象派が好きだとか人によって賛否分かれるのがARTです。

しかしどのARTにも共通したワードがあります。それは「美」です。「美」というものをARTとして、そして自分にとって何が「美」なのか?いつも自分に問い質しています。もちろん明確な答えはいつも出ませんし、考え方も変化していきます。美醜問わずARTはARTという考え方もアリです。

ララア・スンは「美しいものが嫌いな人なんているのかしら?」とアムロ・レイに問いかけましたが(すいませんガンダムです)美は全ての人間にとって特別なものであり不思議な力をもっていると思います。




美は撮影者が混沌とした苦しみの中から生み出すもので、作品を見た側はそれを想像力と感性でさぐり作者の感じた心の動きをトレースします。すなわち芸術鑑賞とは誰でも出来るものではなく、ある程度は芸術に対する見識がないと修学旅行のついでに寄った美術館のようになってしまうと思います。

世に溢れているスゴい写真は修学旅行で美術館に来た高校生さえも足を止めさせる力があるかもしれません。しかしそこに表現としての美が必ずあるか?というと疑問です。

ややこしいのは流行っているスゴい写真も、ART写真もカメラを使って撮影した写真であることです。どちらもカメラを使うので多くの人はこの違いを理解していません。毎年同じような写真を撮ってしまう…とお悩みの方はこの辺に関所のようなものがあって停滞しているのかもしれませんよ。まずは撮影技法はある程度習得したから次はARTの門をたたいてみましょう。

自分独自の美を孤独に追及する日々は「映え写真」をやってきた人にとって恐ろしく地味かもしれません。しかしその先にみえる世界は・・・

今回はこの辺で!!

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