ツーリング小説「おぼろ月の海」

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 「おぼろ月の海」

2010年5月

H氏は御年65歳でまっ黄色のハーレーダビッドソン ロードキング、通称ローキンを愛車にしている。いつもはじけるような笑顔で大きな声で話す。口癖は「世界はデカいぞ!!!」だ。

現役時代は大手電機メーカーでアメリカに赴任していたそうだ。その輝かしい昔話を何度も聞かされていたが不思議と「この人の話はおもしろい」といつも感じていた。全く同じ内容の話でも飽きずに聞けるのは話す時の表情が子供のように無邪気で好感がもてるからだ。

最初にH氏が私の職場に来たのは1月頃で防犯アラームの警報音が小さすぎる、不良品だから交換しろ。というクレームだった。アラームが装着されたローキンを見させてもらったが原因は何てことのない、サイレンが分厚い金属製のバッテリーボックス内に収納されていたので外部に警報音が共鳴していなかったのだ。

クレームは顧客の訴えに耳をよく傾け親身になって対応すれば大抵は解決に至る。まれに「誠意をみせろや」「どないすんねん」といった強請に近いクレーマーが存在するが、その場合でもバイク業界ならではの効果的な解決策がある。それは客の愛車を徹底的に褒めちぎるのだ。以前に電話口で1時間以上にわたり怒鳴り散らしていたタチの悪いクレーマーがいたが、その愛車であるZ400FXについて「FXの名は航空自衛隊の戦闘機Fighter-eXperimentalから由来しているのですよね!」とこちらが明るくバイク談議に持ち込めば「よく知っとるね、Zが好きなんか?」と嘘のようにクレームが鎮火したものだった。

H氏も同様に最初はアラームが悪いの一点張りで「金を返せ」「どうしてくれんだ」とわめき散らしていたが黄色いローキンは珍しいとか、これでどこまで走りに行った?とかバイク談議に持ち込んで和ませたものだ。

問題が解決すると話好きのH氏は私の会社の駐車場で長話をはじめた。聞くとバイク歴はベテランという訳ではなく免許を取得したのは2年前だとか。65歳で引退して余暇を楽しむための趣味なのだとか。バイクはアメリカで見たローキンのかっこよさに惚れ他に選択肢はなく黄色のローキンを指名買いだったそうだ。私は内心「ハーレーはバイク乗りの行きつく先と言われる。中型や国産車などを乗り次いで最後にローキンなら分かるが…」と思ってしまった。

「僕はね地元のツーリングクラブに所属していたんだけどペースは遅いしワガママは言うし、おまけに集合時間にいつも遅刻するからついにクラブを出入り禁止になっちゃったんだよ」と。確かにかなりクセの強そうな性格なのでツーリングクラブなんて団体行動は無理だろう…と言いそうになってしまった。

後になって後悔したがここでH氏の長話を聞きすぎてしまったのが失敗だった。それから数週間後、H氏は私の会社へ不定期に用もなくやってきては世間話を1時間ほどして帰っていくようになった。話はルート66やグランドキャニオンの風景が大好きだとかイエローストーン国立公園は死ぬまでに一度は行った方がいいとか、もっぱらアメリカの話だったがどれも面白い話だった。

「仕事の邪魔して悪かったね」と言って黄色いローキンのエキゾースト音(といっても高年式ハーレーなので静か)を響かせてアメリカ風に走り去った。…完全にヒマなおじさんの話し相手にされている。しかし不思議なことに年齢は私の父と同じくらい離れているのに友情のような感覚が芽生えてきた。

「こんどツーリングに行こうよ!僕はもう茨城の風景は飽きているから房州がいいな。立澤君、千葉の道なら詳しいだろ?先導して素晴らしいツーリングをエスコートしておくれよ」

うわぁ~めんどくさい事になった。H氏は決して嫌いではないが一緒にツーリングだけは勘弁してほしい。私はソロツーリング派でマスツーリングは大の苦手。2台でもよほど気の合う同士でなければ一緒に走る事はまずない。自他共に認める単独行動派である。長距離でも休憩は少な目だし峠ではペースが上がる。果たしてH氏のローキンと私のR1200GSが一緒に走れるのだろうか。

結局、H氏の強引さに負けて断ることもできず、渋々南房総へツーリングに出かけることになった。「月の砂漠ってところがあるんだろ?素敵な名前だね、そこ行ったみたい」確かに月の砂漠は御宿にある有名な観光スポットだ。しかし砂浜にラクダの像があるだけの場所だけど、まあいい…。




当日、H氏は期待を裏切らず30分も遅刻して約束のコンビニに現れた。「いやぁ~ごめんごめん、これでも僕にしては早く着いたほうだよ。BMWもいいね。僕には足が届かないから無理だけどね」遅刻の上にここで長話が始まるのか…と一瞬嫌な予感がしたが意外とすぐに出発となった。

コンビニの駐車場から普通に道路を左に出た、ミラーで黄色いローキンを見ると左に小回りができないようで派手に反対車線にはみ出してヨロヨロとふらついて走り始めるH氏。「おいおい、大丈夫かなぁ」

後ろの様子に注意しながらいつもの60%くらいのペースで走る。自分も仕事の関係でハーレーのクルーザーなら何度か運転したことがある。ビッグツインの強大なトルクで重い車体をぐんぐん前に押し進めるのは実に頼もしい。その反面、コーナーでは意図的に控えたスピードを作らないとステップボードを擦ってしまう。ローキンの走りをよくイメージしてR1200GSに通常とは全く違う走らせ方をさせた。

30分ほど走ったところで信号待ちで「そろそろ休憩にしようよ」とH氏が言った。内心「えっもう休憩すんのか!」と思ったが人生の先輩に従う以外にはない。今日はそういう日なのだ。そこからさらに30分ほど走るとこんどは「ガソリン入れたい」と言い始めた。「入れてから来いよな!」と内心思ったがガマンだ。そんなペースなので月の砂漠のある御宿までまだ数十キロはあろうかという場所で13時を過ぎてしまった。

「この辺で昼食にしようか?」こちらも空腹感を覚えたのでこれには賛同できた。しかし心当たりのある食事処は現在地点の近くにはない。どうしたものか…

「海沿いの国道に出たらホテルがあるからそこで食べようよ。今日はせっかくだから僕がご馳走するからさ。遠慮せずに好きなもん食べてよ」えっ??ホテル?まさかツーリングでホテルで昼食なんて考えたこともなかった。テレビでCMしている立派な観光ホテルの1Fでライディングジャケットを着た中年男と高年男が2人して優雅に食事だ。「一人だったら絶対にやらんな」と思ったがH氏の好意を素直に受け入れることにした。

ホテルの昼食はゴージャスで大満足であったが軽く1時間半はロスッた。いつもの定食屋なら30~40分程度で済んでしまうのだが。今日はそういう日なのだ。近いはずの御宿がやたら遠く感じる。

メキシコ記念塔に着いた。御宿町の外れにある高台からの海岸風景は絶景である。 「眺めだけでなく静かなのがいいね」H氏のその一言に私は一瞬ドキッとした。この場所は私が16歳の時にはじめて後ろに女の子を乗せてツーリングに来た場所だ。その時の彼女の「眺めだけじゃなくて静かなのがいいね」と言った言葉が20年経った現在でも記憶に残っていて、H氏の一言で記憶風景がフラッシュバックしたのだ。

「この近くに小浦という秘境感ある海岸があるからそこもご案内しますよ」

小浦は県外の観光客はまず知らない超穴場の海岸だが15分ほど足場の悪い海岸沿いをトレッキングする必要がある。黄色いローキンとR1200GSを路肩に停めて小浦海岸へアプローチする獣道を2人で歩く。途中、ワイルドな素掘り隧道を通過したが中が真っ暗で不気味であり「一人だったら絶対に来ないな…」とH氏がつぶやいた。さっきホテルで私が心の中でつぶやいた一言と全く同じセリフだった。

ぬかるんだ道、腰まで伸びた草、岩場を抜けて白く輝く海岸が見えてきた。「おぉ~」と歓喜の声を漏らした瞬間、H氏は湿った岩場で足を滑らせた。幸い怪我はなかったが1mほど落ち込んだすり鉢状の窪みにはまってしまい、私が上から手を差し伸べて救出した。ガシッと強く握ったH氏の手の感触に言葉にできない何かを感じた。

「カッコ悪いとこ見せちゃったなぁ」




誰もいない秘境の小浦海岸の景色を堪能するともう日が暮れてきてしまった。少し急いで戻らないと月の砂漠に着くころには陽が沈んでしまいそうだ。といっても急がせれば別のトラブルを招く可能性があるので焦る様子を見せずにバイクの場所へ戻る。

夕暮れのビーチを横目に不思議な感覚に襲われてR1200GSを走らせていた。一体、俺は何をしているんだろう?もう月の砂漠を見たらそこで解散で1人で帰ろうかな…

月の砂漠に到着すると残念なことに日は沈んだ後だった。ここで綺麗な夕空を見たかったけど、旅はそう期待通りにいくもんじゃない。しかし太陽が沈んだ後のマジックアワーが軽く衝撃を受けるほど美しかった。

加藤まさをが作詞した童謡「月の砂漠」はまさにこんな風景がイメージなのだろうか。地平のアンバーは空へ向かうにつれてマゼンタに染まる。この美しい空間に王子と姫が乗ったラクダの銅像がいるだけで御宿の海岸を御伽噺の世界に染め上げた。

二人ともそのあまりに美しい光景に言葉も無く砂浜に立ちすくんだ。やがて空の表情が変化し始めるとH氏は「この空をいつまでも見ていたい。ほら、あそこに満月が出ているだろう?俺がアメリカで見た月のようにデカい。いや…デカく感じるだけかもしれんが、月が輝きを放つまでここに居たいんだ。遅くなっちゃうけど付き合ってくれるかい?」

私の地元である千葉の良く知っているこの海岸が、このような美しい景色を見せてくれることに驚きと感動を覚え、つい先ほどまで「もう帰りたい」と感じていたのはどこかに吹き飛んでいた。「もちろんいいですよ、僕ケースの中にキャンプ用のイスがあるので持ってきます」

「俺もローキンのケースにキャンプのイス持ってきたよ」とH氏。

驚いたことに私とH氏のキャンプチェアーは生地の柄まで同じのお揃いのチェアーであった。「今回の旅、僕とHさんの唯一の共通点はこのイスでしたね」後になって考えると失礼だったかなと反省したが、その場では「確かにその通りだ!」とH氏はいつも通り大きな声で笑ってくれた。

やさしい人だ。素直にそう思った。




誰もいない黄昏時の海岸に30男と60男が2人。イスを並べて空を見上げる。この時、何を話したのか覚えていないがあっと言う間に空は暗闇に包まれて月が美しく、おぼろに輝き始めた。

「春宵一刻値千金…ですね」と私が言った刹那。どこからともなく蝶がやってきて2人の見上げる夜空に消えた。

「大原や蝶の出て舞ふ朧月」とH氏が言った。参りました…30近い年の差。年季の入った男と未熟な男の差を垣間見た。ついさっきまでバイクに関しては自分の方が先輩…といった風を吹かせていたのが急に恥ずかしくなった。

やがて満月の光は次第に強さを増し、春の凪の海に一本の光の筋を落とした。

 

~END~

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  あとがき

10年前、私がバイク用品メーカーに勤務していた頃に本当にH氏のようなお客さんがいました。H氏に関わるエピソードはほぼノンフィクションですが実際には一緒にツーリングに行く機会はありませんでした。後になって元同僚に聞いた話なのですが私が退職した後も何度もやってきて私の連絡先を聞いていたそうです。どうしても一緒に千葉をツーリングしたかったのだと。それを聞いて一度くらいは一緒にツーリングに行けば良かったな…と本当に後悔していまます。そんな想いから、もしあの時にH氏と一緒に房総をツーリングしたら、きっとこんな素敵なツーリングになっただろうな、というStoryを書いてみました。

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・旅人たちの子守歌

 

・小さな海岸