写真は完璧であってはならない理由<上級>ツーリング写真

究極のツーリング写真 touring-photography.com 読者の皆さま、芸術はお好きでしょうか?当ブログでは以前よりツーリング写真、バイク写真を芸術作品…つまりARTへ進化させバイク写真文化を成熟させていきましょう!と発信してきました。

しかしどうすればバイク写真という小さな写真文化をARTへ昇華させることができるでしょうか?そもそもARTって何でしょう。私も勉強不足なのでこの辺の深い話ができないのですが、観賞者サイドも作者サイドへ寄り添って共に思考して楽しむものがARTではないでしょうか?

美術館に行くと難解な作品を目にすることがあります。特に印象派の作品や現代アートなんかでよく感じます。「これは一体なんだろう???」「作者は何をうったえているのかな?」と作品の意図がパッと見た瞬間ではすぐには分からない作品です。このように観賞者が思考することが【観る側の楽しみ】です。ただ見るのではなく感じて思考すること。この意識がないと芸術を単純に視覚的な美しさやバランスだけで見てしまい面白くないものになります。

そして観賞者を楽しませてくれる芸術作品ほど曖昧さや不完全さがあるものだな…と私は感じます。あの岡本太郎さんも「芸術は美しくあってはならない」「芸術は心地よくあってはならない」と何かに書かれていました。不完全さや曖昧さからくる思考の渦を感じ取るもの…よく分かりませんがそんな感じがARTなのではないでしょうか。




さて今回はそんな観賞者を思考や想像で楽しませるツーリング写真をご紹介してみたいと思います。

これは撮影現場の様子をiphoneで撮った1枚です。漁船のキャビンだけが空き地に捨てられている様子ですが、私はこういった光景がいちいち心に刺さってしまうので、撮らずにはいられませんでした。

しかしこの朽ち果てた漁船のキャビンとバイクを合わせてどのようなツーリング写真を撮りましょうか?被写体の特徴をよく観察し、自身が動いた心の様子を自ら感じ取りながら思考します。

まず特徴的だと感じたのは連なる3つの窓です。ガラスは割れていますが枠を固定しているネジなどが面白いと感じました。ここを使って窓の向こう側へR1200GS-ADVENTUREを置いてこんな風に撮ってみました。この写真の説明範囲は漁船のキャビンのような物が横たわっているのだな…という事がかろうじて伝わる程度です。

「説明範囲」とは写真であるからには元は事実な訳ですが、それが何であるか見る側へ説明する作者の責任ようなものです。バイクを撮ったのに小さすぎたりボケすぎたりして、見た人に「ここに写っているのは自転車ですか?」となればバイク写真としての説明範囲が十分でなかったという事です。




ここではバイクはもちろんの事、メイン被写体である漁船もかろうじて漁船であることが多くの人に伝わるのではないかな、というつもりでこのように撮ってみました。

しかしこれだと見る側の思考の楽しみが少々もの足りないようにも感じます。説明範囲が広すぎて退屈なのです。せっかく変わったものを見つけたのですから、もっと観賞者の想像力をかき立てる工夫はできないでしょうか?

EOS6D mark2 + EF35mmF2 IS

そこで最終的にこんな風に撮ってみました。キャビンにぐっと寄って窓枠を主題にした写真にしたのです。寄ったことで枠の様子が明らかになりメイン被写体の質感が表現でき、わずかに残されたガラス片も写すことが出来ました。

しかし、これだとこの白いモノが何なのか?撮影現場を見ていない観賞者には得体の知れない物になってしまいます。説明範囲が狭く事実が伝わらない写真ですね。これが何であるかは観賞者が思考する取り分として意図的に残します。

「わけが分からない」と見向きもされないかもしれません。ここは「想像力が乏しい観賞者は残念ながらターゲット外にしよう」と大胆に割り切りましょう。たまには良いではありませんか。




このように写真とはいえ実際の様子の全てを明らかにせず、あえて観賞者の持ち分として想像範囲を残す手法のご紹介でした。写真は事実を元に生み出す芸術ですが実際の様子の何もかもを写す必要はなく【説明範囲】と【想像範囲】の割合を作者である貴方が裁量するのが面白いのではないでしょうか?というお話でした。

…完璧に説明した写真なんて退屈ではありませんか。

今回はこの辺で!!

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