ツーリング短編小説 旅の記憶 小さな海岸

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もう約30年も走っている房州の海岸線。

その日は東京湾に沈みゆく夕陽を拝んで帰ろうと決めていた。

きのうまで大雨だったので空気も清浄されてさぞ美しい夕景が見れるだろう。

そんな期待を膨らませてR1200GSを走らせる。

EOS1Dx + SIGMA35mmF1.4ART

この小径の先に何かあるな…

幹線道路から一つはずれ細い生活道路に入ってみる。

さらに軽自動車でギリギリくらいの細い路地を海の方へ向かって入ってみる。

海岸線の国道は数え切れないほど走ってきたけど、走ったことも無い細い道には知らない景色が潜んでいるものだ。

そんな小さな「旅情」感じる風景を求めて探検気分を味わうのが大好きだ。

何となく…ただ何となく、直感だけで迷路のような小径を走り紡ぐ。




地元の人に迷惑にならないよう極力、エンジンの回転数を下げて静かにゆっくりR1200GSを走らせる。

やがて小さな漁村に出た。そこは袋小路になった箱庭のような空間だった。

素朴な漁村風景は私の中の桃源郷と言える絶景だった。

EOS6D Mark2+ EF35mmF2IS

小型船を係留できる小さな防波堤は風景を遮るものもなく海に浮かぶステージのようだった。そこにR1200GSを停めて愛車の姿を少し離れた場所から眺めてみた。

太陽はみるみる低い位置に移動している。

いつもと同じように旅のワンシーンをイメージに描いてブツブツと呟きながらEOS6D Mark2にお気に入りの35mm単焦点レンズを装着した。楽しいクリエイティブタイムの始まりだ。

ここがベストアングルだ、と納得のいく撮影ポジションは道路沿いの大きな堤防の影のような場所だった。打ち寄せる波の表情は豊かで、ぶつかり合った波の境界が弧を描いたり、壊れたテトラポットに砕けたりを繰り返す。水はクリスタルのように透明で泡立つ潮の様子はまるでクリームだった。

「被写体とセッションしている時間が一番自分らしくいられる」

無我夢中でシャッターを切りまくって、やがて集中が切れた…。

もう太陽は水平線にさしかかってきたので撮るのをやめた。

夕陽の写真を撮るときは沈む瞬間だけは撮影をやめて、この目で見届けるようにしている。特別な理由はないけれど以前からそうしている…自分でも謎の儀式だ。




ふと、背後に人の気配がした。

EOS6D mark2

振り向くと女の人がいた。いつの間に後ろにいたのだろう。綺麗な人だ。

こちらが気が付いたタイミングで向こうも私の存在に気が付いた。まさかこんな場所に人がいるとは思わなかったようで少し驚いた様子だった。

30代くらいだろうか…着の身着のままという感じで、おそらく近所の人だろう。

ここに何か用があって来たのではなく、夕陽が海に沈みゆくのを見にやってきたと分かる。

誰もいない海岸に私と彼女の二人だけ…

映画のワンシーンではよくあるシチュエーションだが、実際にそれが起こると事故のような感じだ。

戸惑ってしまったがとりあえずご挨拶くらいは…と思い顔を見た瞬間はっとした。

泣いている…

参ったな…軽く会釈だけして私は気付かなかったフリをして視線を夕陽の方へ戻した。この夕陽を見て感動して泣いているのかな?いや、今来たばかりだしソレはない。きっと何か悲しいことが別にあって、それを夕陽に重ね合わせているのだろう。




水平線にさしかかった太陽は海面付近の温度でユラユラと蜃気楼になり一本の筋を貫通させた。今まさに一日が終わろうとしている。地球はコペルニクスの言う通り間違いなく自転している。

そして時間は儚くも尊い。

「彼女は泣いている顔を私に見られたと気にしていないだろうか?」

そうだ、こうしよう「私もこんな美しい夕陽を見て思わず泣いてしまいそうです」そう言えば彼女もこの場をやり過ごすのに都合がよいだろう。

数分ほど経って太陽の峰が水平線にフーっと消えた直後に彼女の方へ振り返ると…そこにはもう誰も居なかった。

「あれ…もういないや」

思わず声に出してしまった。こりゃ、私も嫌われたもんだな。

R1200GSのボクサーツインを始動しヘルメットをかぶってギアを入れた。いま来た細い小径をゆっくりと走る。不思議と来るときとは少し違った景色に感じる。

風情ある古民家が並ぶ中に一軒だけ庭の広い家があり、そこに先ほどの彼女の姿が見えた。こちらに気が付いた様子で振り向いた。そして微笑みながら大きく手を振ってくれた。

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