平成のバイクコラム 平成5年 ブレーキの無いNSR

平成5年冬

久しぶりにSと再開した。SはバイクをRG250ガンマから89’NSR250R-SPに乗り換えていた。しかし個人売買で15万円で入手した中古車は一目みてボロイ。今でこそ希少価値の高い2STレプリカだが、この頃はオメガの耐久カウルだのエビ反りテールだのと下品な改造が施され、その後に納屋に放置されていたようなボロがたくさんあった。

しかもSのNSRを良く見ると、リアのブレーキマスターシリンダーにブレーキホースが無い。理由は忘れたがフロントブレーキだけで走っているのだと。

ファミレスでも行こう、という話になり2台で田舎特有の広い直線道路をとばしていた。先導は私のNC30。そして交差点で赤信号になったので停止したところ、Sは私の真横にジャックナイフさせて威勢良く停止し、その後に右側にパタリと倒れ込んだ。

まるで昭和コントのようなモーションで倒れた。後で判明したのだが、カッコよくジャックナイフさせたまでは良かったが、停止時に地面へと出した右足が何かにひっかかって足を出せなかったそうだ。恐らくホースの無いリアマスターのニップルにGパンの裾がひっかかったのだと。

そんな事情も知らず、また面白いパフォーマンスが始まったな!と思い私は自分のバイクに乗ったままショーを静観していた。やがてジタバタとした動きはやめて道路に大の字になって寝そべると大声で私に「早く助けろバカ!」と叫んだ。足が車体に挟まっていたらしい。

バイクを引き起こして目が点になっている後ろのクレスタのオジサンに手を挙げて、再び青信号で走り始めた。問題はここから先だ。




私は自分のバイクを2速3速4速と確実にレッドゾーン直前でシフトアップさせ加速させた。ミラーに目をやるとSのNSRもピタリと付いてきている。さすがNSR、ボロでも速いな!と思ったが、よく見ると何やら様子が変だ。

Sは私の横に並ぶとAraiアストロのシールドを開けて有り得ない程のデカい声で「ブレーキがきかねぇんだ!!!!」と叫んだ。

それは知ってるよ。リアブレーキだろ。何いってんだ?

私はまだ前方がクリアーな直線道路に対し、アクセルを開けたいという欲望を思いのままに発散させた。80年代後半から急ピッチに進化したオートバイの性能は、今から30年前と侮ることはできない。こと加速力に関しては現代のバイクと大差はない性能。スピードメーターの針は既に国産のオートバイでは数字の書いていない場所を指示していた。

するとSのNSR250R-SPは再び私の真横まで並んできた、そして今度は尻のポケットから銀色に輝く何かを差し出して見せた。その時、ヘルメット内に見えたSの目は漫画で描くアメーバーのような形をした目だった。それはまるで受け入れがたい悲劇に歪んだ表情だった。

一体、何を手に持って私に見せたのだろう?どうせまた何かのジョークだろう。そう思って無視することにしたが、銀色に輝くあの美しい物体が何なのかは気になる。アフリカかどこかの少数部族が神にささげる儀式か何かに使う飾りのように見えた。

気になるので加速をやめて再びNSR250R-SPの横に並んでみた。再び先ほどの物を見せろという意図のアイコンタクトを送るとSは再び尻のポケットから物体を差し出した。

・・・

・・・

レバーだ。

・・・




…美しく銀色に輝く謎の物体はアフリカ部族のオブジェなどではなくレバーだった。当時、ホンダ純正で多くの車種に付いていた銀色のレバー。しかし、一体レバーを持って何がどうした?というのだろう。レバーといえばクラッチか…ブレーキ。クラッチレバーか?いや、それなら先ほどの転倒から発進できないだろうに…。

・・・

・・・

そうか…そうゆうコトか。

・・・

Sは先ほどの転倒でフロントブレーキのレバーが根本から折れてしまったのだ。すなわちフロントもリアもブレーキが無い状態で、既に法外なスピードが出ている危機的な状況である。

当然、Sはジャックナイフで倒れた交差点で、レバーが折れたことに気が付いている。でなければ折れたレバーを尻のポケットに入れない。つまりカタツムリ程度の知能しか持っていないため、前後のブレーキ機能を失ったNSRでフル加速で私を追いかけてきたのである。

無情な結末は当たり前のようにやってきた。先の交差点に目をやると、ちょうど黄色から赤に変わったところだったのである。交差する一方の道は千葉県有数の交通量を誇る産業道路だ。しかもその50mほど先にはもう1つ大きな交差点があって、そちらは当時は高速道路の終点だったこともあり、行き交う車は感覚が麻痺していて高速道路なみにスピードを出している。

「あぁ、今日でヤツも終わりだ」楽しかった高校生活の思い出が走馬灯のように脳裏に流れた。修学旅行でオマエがナンパした他校の女…ブスだったなぁ、オマエのせいでお正月を警察署でむかえたこともあったな、パトカーに放火して新聞に出てたなオマエ。唯一、悲しいなと思ったのはSのお母さんには日頃から「馬鹿な息子のことを頼みますよ」とお願いされていたので、お葬式にどの顔を下げて謝ろうか・・・ということだった。

私は既に自分自身も危険なほど停止線までの距離に対してスピードが出過ぎていたので、Sの事を考えるのをやめてNC30をフルブレーキングさせた。フォークのストロークが底付きする感触を覚え停止線の1m先で停止した。当時、最強のグリップを誇ったYOKOHAMAのゲッターが良い仕事をした。

SのNSR250R-SPは無駄な抵抗ではあるがシフトダウンでエンジンが焼けるほどエンブレを効かせて、両足で地面をズルズルひきずり矢のような速さで産業道路の赤信号の交差点に突進していった。今になってそのシーンを回想するとバックトゥザフューチャーのデロリアンがタイムスリップする時のように地面の軌跡に炎が上がっているようなイメージだ。

・・・

一瞬、私の見ていた世界は無音になり周囲の景色が白黒になった気がした。交差する道路から行き交うトラックやタンクローリー。NSRは手前の車線を走る清掃車の直後を抜け、次の車線は白いホンダクイントのリアバンパー数センチギリギリで通過した。思わず私はヘルメット内で「うおおっ」と声を出した。Sはわずかなスペースを奇跡的なタイミングで切り抜けて産業道路を見事に横断したのだ。

しかし次に待ち構えるのはインター出口のバイパスだ。そちらは圧倒的に交通量が多く行き交う車のスピードも高い。どうする?どうなる?

すると私の視界は産業道路からの40フィートコンテナ車で遮られ、先の様子が何も見えなくなった。それはまるで幕内で起きた惨劇を客席の皆さまにはとてもお見せできませんと、突如として緞帳が下りたようだった。

・・・




コンテナ車が去った次の瞬間、視界に現れた世界は極めて日常風景だった。ただバイバスの先にあるラーメンショップの砂利の駐車場にSは普通にNSR250R-SPを停め振り返ってこちらを見ている。

青信号になってSの元へ行くと私に向かってこのように言った。

「ドラスタにレバー買いにいくべ」

と。そしてギアを1速に入れて再びSは走り始めた。

カストロールのイチゴのような香りの排ガスをまき散らして。

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~あとがき~

ほぼノンフィクションです。盛った部分は交差点はバイパスではなく普通の幹線道路だったこと、実際は走りながらレバーは見せなかったことくらいです。しかし、後にドラスタの店内でSはおもむろに尻のポケットから折れたレバーを出して「え~と…」とNSRに合うレバーを探し始めたので、思わず「お前、折れたの気が付いてたのかよ!」と大声で突っ込んでしまいました。

今になって考えるとその先どうなるかを想像できない何かの発達障害か、またはこの出来事の数年前にSは彼女の前の男と大乱闘の喧嘩をしていて、相手が事もあろうにマイナスドライバーをSの頭に突き刺してしまった事件がありました。その時に脳に何かダメージがあった影響なのかもしれません。あの時はドライバーが頭に刺さったまま相手をブチのめしてしまい、救急車を待つ間に彼女のシルビアのタイヤ交換を、これまた頭にドライバーが突き刺さった状態でしていたのが忘れられません。脳ってデリケートなようで結構テキトーなんだな…とその時は思いました。

もう四半世紀前の思い出話ですが。